- 【フランスのABガイド】 夏樹
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- 音楽修行に渡仏し20年。教会オルガニストとして活動する傍ら、日本の女性誌やWEBにフランスの新鮮な話題を常時発信。在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」や、海外で活動するライター仲間が集るメルマガ「地球はとっても丸い」の編集にも携わる。
フランス・パリ・観光地・名所の海外ガイド記事
- 行き先:
- フランス/パリ
- 旅行テーマ:
- 観光地・名所
- 掲載日:
- 2008/08/06
フランス庭園の元祖、チュイルリー公園
巡回遊園地。春夏のバカンス時にやってきます
パリジャンたちの日曜日のお散歩コースとして、いちばん人気
パリ市内で最古のフランス庭園といったらチュイルリー公園。園内のキャフェで簡単な食事もできるので、まだ陽射しの暖かいうちに行ってみよう! もともとは、アンリ2世の奥方カトリーヌ・ド・メディシスが、ルーブル宮殿の延長として建てさせた、チュイルリー宮殿の庭でした。その後、宮殿はパリ・コミューンの間に王制と帝政の象徴として、怒れる民衆によって打ち壊され、今は庭だけが残っています。
年中無休の回転木馬。とくに日暮れ時は綺麗
あまり幸せではなかったカトリーヌ・メディシスの結婚
カトリーヌ様といえば、イタリアの大財閥メディシス家出身。貧窮状態にあったフランス王家の財政を救うために、多額に持参金をもって嫁ぎに来ました。でも、政略結婚が楽なものではないのは、どこの国でも同じ。年上の女性が好きだった王は、自分の乳母であったディアンヌ・ド・ポワチエを愛妾とし、正妻カトリーヌはずいぶん悲しい思いをしたそう。それでも王が亡くなると、「夫婦の想い出がたくさん残っているマレー地区のトルネル宮殿で、ひとりで暮らすなんて嫌」。新しく、チュイルリー宮殿の建設を命じました。
ルーブル美術館のピラミッドの正面にあるカルーゼル凱旋門
イタリア庭園からフランス庭園
イタリア出身のカトリーヌによって構想され、もともとはイタリア庭園だったこの公園、ブルジョアジーや宮廷人専用の散歩道としてして16世紀から知られています。17世紀、有名な庭園師ル・ノートルがフランス庭園に改造し、その美しさに、当時の凄腕宰相コルベールは、この庭園を王家のプライベート庭園にしようとします。それに反対したのが「赤ずきんちゃん」や「白雪姫」を書いた童話作家のシャルル・ペロー。彼が、「一般民衆にも憩いの場を!」と抗議したおかげで、庶民もチュイルリー公園を散策することができるようになりました。それを記念して、ペローの彫像が公園内にあります。
郊外の新開発地区ラ・デファンスまで見渡せる
パリの歴史軸
ルーブル美術館のピラミッドからチュイルリー公園入り口のカルーゼル凱旋門、そして、コンコルド広場のオベリスク、シャンゼリゼの凱旋門、ラ・デファンスのグラン・アルシュ、このパリの中心から西に一直線に伸びる線は、「パリの歴史軸」、あるいは「パリの王道」と呼ばれています。カルーゼル凱旋門の下に立って、西を向けば、晴れ渡った日には、メトロでは20分ほどかかるラ・デファンスのグラン・アルシュまで見晴らすことができます。
飲み物の他に、お昼時は簡単なブランチも
【関連情報】
■チュイルリー公園
メトロ1番線Palais Royalで下車。
※上記は記事掲載時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/08/06)
※渡航前に必ず現地の安全情報をご確認下さい。http://www.anzen.mofa.go.jp/
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