私が最初に訪れたのは20年前のこと

「アンコール遺跡へ行ったら、カンボジア内戦の歴史も知ろう!」前編からの続きです。私が初めてアンコールワットへ行ったのは1996年。すでにクメール・ルージュの攻撃は収まってましたが、ゲリラの残党なのか強盗なのかわかりませんが、まだ散発的にプノンペンとシェムリアップの間の道で銃撃があった頃です。とはいえ観光の拠点となるシェムリアップの町の治安は悪くはなく、それなりに旅行者が集まっていました。ただし、今のような「大観光地」ではなく、まだ素朴な地方都市の風情を残していましたが。当時は、まだ今ほど観光客は多くなかったので、アンコールワットの入り口も早朝はまだ人がおらず、本当に誰もいない境内をすいすいと歩いて中央祠堂まで行った思い出があります。また、郊外のバンテアイスレイはようやく一般開放されたばかりで、専用車と護衛付きでないと行けず、お金がかかるので断念した思い出があります。

戦争に使われた武器が置かれている「戦争博物館」

今でも地雷が撤去中だったり、補修が進んでいなかったりと、公開されていない遺跡もあるアンコール遺跡ですが、もし時間があり、また現代史に興味があれば、遺跡以外の見どころへも足を延ばしてみてはいかがでしょうか? そうした戦争の悲劇を感じる「負の遺産」もまた、歴史の一部なのです。まずは、シェムリアップの町と空港の中間ぐらいにある「戦争博物館」へ。ここは、ベトナム戦争や内戦時に使われた武器などを展示する博物館で、本物の武器が敷地内に無造作に置かれています。中は、無料の英語ガイドの案内で回ることができます。

処刑場だったキリングフィールドがここにも

また、クメール・ルージュ時代に処刑場だった場所「キリングフィールド」が、ここシェムリアップにもあります。場所は町とアンコールワットの中間ぐらいで、現在はそこに慰霊のために寺院が建てられています。境内には慰霊塔の他、犠牲者の頭蓋骨が展示されており、なかなかショッキングです。現在、経済発展を果たしたカンボジアでは想像もつきませんが、かつては内戦があり、虐殺も行われていたのです。アンコール遺跡が観光の中心ではありますが、もしお時間があればこうした場所に立ち寄り、戦争の悲惨さを知るのもいい機会でしょう。