遺跡好きじゃなくても見ておきたい!

とくに自分が遺跡好きでなくとも、海外に行ったらこれだけは是非見てみたいと思う遺跡はありませんか? たとえばエジプトのピラミッド、アテネのパルテノン神殿、ローマのコロッセオ、ジャワのボロブドゥールなどです。そうした遺跡の中でも特に人気が高いのが、カンボジアのアンコールワットでしょう。つくし型の塔が建つ寺院が手前の池に写り込んでいる写真を、見たことがあるのでは? アンコールワットは東南アジアを代表する遺跡ですが、今回はそこへ行くツアーを申し込む前に知っておきたいことをお届けします。

東南アジア半島部に成立したクメール王朝

まずは地理と歴史をざっと知っておきましょうね。アンコールワットを含むアンコール遺跡群があるのは、カンボジア北西部。東南アジア最大の淡水湖というトンレサップ湖の北側です。この一帯に「アンコール朝」とも呼ばれる、クメール人による「クメール王朝」が栄えたのは、9世紀から15世紀の間でした。もともとこの地域は、ジャワ島にあったシャイレンドラ朝の影響下にありましたが、9世紀初頭にクメール人の王のもとに独立。現在のカンボジア、ラオス、タイの大半に領域を広げる国家に成長していきます。建国当初はタイ人はまだ中国の雲南省あたりにいて、現在のタイの国がある位置まで南下していませんでした。アンコールワットは、12世紀初頭(日本で言えば平安時代末期)に国王スーリヤヴァルマン2世がヒンドゥー寺院(のちに仏教寺院に)として建設したものです。

クメール王朝の興亡

クメール王国は12世紀後半には、チャンパ王国(現在のベトナム中部にあった)の侵略を受けますが、これを撃退した国王のジャヤヴァルマン7世は、逆にチャンパ王国を降伏させます。王はそれまで王国で信仰されていたヒンドゥー教に代わり仏教を信奉して、アンコール・トムなどの仏教寺院群を建設しました。また、大がかりな灌漑施設工事も進め、王国の全盛期を築きます。しかし王の死後は、クメール王国は少しずつ弱体化していき、その領土から13世紀中頃にはタイ人最初の王朝であるスコータイ朝や、チェンマイを都としたラーンナー朝が独立していきます。度重なる戦争や寺院建設に国家は疲弊していき、最終的には1431年(日本で言えば室町時代)にアユタヤ朝による侵攻を受け、クメール国家は滅亡します。(その2に続く)