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アンコール時代の交通網を支えた橋梁遺跡“スピエンプラップトゥッフ”を見に行こう


掲載日:2009/01/05 テーマ:歴史 行き先: カンボジア / シェムリアプ

タグ: 遺跡 歴史


遺跡観光にアクセントをもたらす橋梁遺跡

土手の下から見たスピエンプラップトゥッフ。約10メートルの高さを実感できる(撮影:2005年7月、以下同じ) 土手の下から見たスピエンプラップトゥッフ。約10メートルの高さを実感できる(撮影:2005年7月、以下同じ)

カンボジア観光の目玉となるアンコール遺跡群。カンボジアの遺跡というと、世界的に有名なアンコールワットや都城遺跡アンコールトム、溶樹の絡んだ神秘的な姿で知られるタープロム遺跡といった宗教建築がまっさきに思い浮かぶと思いますが、そのイメージを覆すようなおもしろい遺跡も残っています。そのうちのひとつが、シェムリアプ州チークラエン郡のコンポンクデイに残る橋梁遺跡スピエン・プラップトゥッフ(通称スピエン・コンポンクデイ)です。

王が整備した「王道」とそれを支えた橋

スピエンプラップトゥッフはアンコール時代以降もカンボジアの道路交通を支えてきた。ただし現在は遺跡保存のため迂回路が設定され、車両は通行できないようになっている スピエンプラップトゥッフはアンコール時代以降もカンボジアの道路交通を支えてきた。ただし現在は遺跡保存のため迂回路が設定され、車両は通行できないようになっている

アンコール時代に最盛期をもたらした王ジャヤバルマン7世は、多くの建築物を残した王としても知られています。王は版図を拡大するとともに軍隊の派遣を容易にするため、各地の寺院遺跡をつなぐ交通インフラの整備にも着手し、領土内の道路網を広げていきました。その道は現在、「王道」とも呼ばれています。スピエンプラップトゥッフはその王道を支える橋梁のひとつで、この橋の上を王に派遣された軍隊が通過したと言われています。ちなみにこの橋の立派な姿は、カンボジアの紙幣(5000リエル札)にも描かれています

当時の優れたインフラや建築技術を物語る橋

欄干にあしらわれたナーガ 欄干にあしらわれたナーガ

スピエンプラップトゥッフはラテライトを組み上げて作られた大きな橋で、全長約90メートル、幅約15メートル、高さ約10メートル。欄干には9つの頭を持つナーガがあしらわれています。橋の上からではわかりにくいですが、橋の左右の堤防を少し下って側面から眺めると、当時の優れた交通インフラや建設技術を想像することができるでしょう。アンコール時代にはスピエンプラップトゥッフ以外にも多くの橋が建造されましたが、保存状態が悪く、一般の観光客が簡単に行けるようなところでもありません。しかし、スピエンプラップトゥッフはシェムリアプ州と首都プノンペンを結ぶ国道6号線にあるので、車をチャーターしていけば旅行者でもアクセスしやすいのです。

歴史の生き証人の声に耳を傾けてみよう

南側から見た橋の全体像 南側から見た橋の全体像

また、内戦の時代からこの橋のそばで暮らす地元の古老の話によると、この橋の上でも戦闘が繰り広げられ、自分たちの支配地域を防衛しようとしたクメールルージュ(1970年代に極端な共産主義政策を断行した勢力。いわゆるポルポト派)はこの橋を爆破しようとしたそうです。クメールルージュ軍は政府軍によって敗走させられたため、この橋は爆破を逃れることができたようですが、「もし」、政府軍がこの橋付近での戦いで敗北していたら、カンボジアの貴重な文化遺産のひとつであるスピエンプラップトゥッフは失われてしまっていたかもしれません。アンコール時代の交通を支え、その後の戦乱を生き抜いたと言われる歴史の生き証人の声を聞きに、コンポンクデイを訪れてみませんか。

【関連情報】

■スピエンプラップトゥッフ(スピエンコンポンクデイ)
アクセス:シェムリアプ州の中心部から車で約2時間。
定休日:無休
見学料:無料

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2009/01/05)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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