日本人って、実はかなりの「史記」好き!

さらっと読めるような「史記」を探しに図書館に行って、初めて知りました。史記と史記関連本が多すぎて、いったいどれを読めばいいのか、わかりません。日本人がこんなに「史記」好きだったなんて! 「史記」は、前漢の武帝の時代に、司馬遷によって編纂された歴史書です。司馬遷は、天文、祭祀、国家の文書起草、歴史書の編纂などを司る役職の家に生まれ、「史記」を執筆していました。当時、西域の異民族の匈奴と戦っていた李陵が、匈奴に下ったという報告がなされました。誰もが李陵を非難する中、司馬遷は李陵を弁護したことにより、武帝の怒りを買ってしまいます。「史記」の執筆を続けるため、宮刑という屈辱的な刑を受け入れ、紀元前90年「史記」を完成させました。

司馬遷祠の入り口。チケット売り場からここまでは、かなり遠い 司馬遷祠の入り口。チケット売り場からここまでは、かなり遠い

漢城市内から司馬遷祠への行き方

司馬遷を祀っている司馬遷祠は、陝西省韓城市にあります。韓城は、古都西安から東北に汽車で約3時間、黄河を挟んで山西省との境界にある都市です。司馬遷祠に行く前に、青空をバックに建つ祠の写真を見ると、荒涼とした黄土高原の世界そのものでした。その厳しい風景は、多くの友人が去っていく孤独の中で「史記」を完成させた、司馬遷の執念の人生としっくりあっているような気がします。なんだか司馬遷祠に行きたい気持ちが高まってきました。司馬遷祠は、韓城市内から約11キロのところにあります。市内中心部のバスターミナルや南門から「大兎廟ー司馬遷祠」と書かれた旅游バスに乗れば、約40分ほどで到着です。

急な石段を登りきると、司馬遷のお墓が現れる 急な石段を登りきると、司馬遷のお墓が現れる

入り口が、テーマパーク化している司馬遷祠

司馬遷祠の入り口に到着すると、思わず、はあーっとため息。とにかく広いです。中国を代表する歴史家を祀っている場所なので、司馬遷祠の規模が大きいのは一応、想定内。それにしてもバスを降りた場所からチケット売り場、チケット売り場から実際の司馬遷祠までが遠いです。司馬遷祠と言うより司馬遷祠風景区なのです。どうして中国って、観光地の規模をこんなにも大きくしてしまうのでしょう。小高い丘の上にある司馬遷祠の前の広場に巨大な司馬遷の像が建ち、中国の歴史をテーマにしたオブジェもあるので、テーマパークのような感じがします。

司馬遷像の右側の丘の上に小さく見えるのが、司馬遷祠 司馬遷像の右側の丘の上に小さく見えるのが、司馬遷祠

風景区の入り口との落差が大きい司馬遷祠

チケット売り場から司馬遷像の前を通り、やっと「漢大史司馬遷墓」と書かれた司馬遷祠に到着。「漢大史」と言うのは、漢の国の大史と言う司馬遷の役職です。司馬遷祠が建設されたのは、西晋の永嘉4(310)年、約1700年以上の歴史があります。急な石段を登っていくと、こじんまりとした司馬遷のお墓が現れました。清朝の乾隆帝の時代に建てられた墓碑には、「漢大史司馬公墓」と書いてあります。テーマパーク化してた司馬遷祠の入り口付近を歩いていると不安になりましたが、中に入ると、多くの碑も展示されていました。史記に詳しい人なら、「この世に天道(正しい道)が本当に存在するのか」、「天道があるとするなら、なぜ、報われないのか」と言った史記の世界感を感じられるかもしれません。「史記」好きなら司馬遷祠に行ってみませんか?

司馬遷墓。皇帝や三国志の諸葛孔明のような政治家の墓ではないので、こじんまりしている 司馬遷墓。皇帝や三国志の諸葛孔明のような政治家の墓ではないので、こじんまりしている