世界遺産「九寨溝」で起きた悲劇とは

あなたが今まで旅をしてきた中で、最大のピンチは何だったでしょうか? 私の両親の場合、それは中国四川省の「九寨溝」で起きました。自然保護区の神秘的な湖が世界遺産に登録されている、有名観光地です。母がパスポートや現金などの貴重品をすべて入れたショルダーバッグを盗まれてしまったのです。当時、両親はともに65歳。旅行者としては決して若くない年齢のピンチに、心身ともにボロボロになって帰国してきました。

両親の旅行人生最大のピンチ!中国、九寨溝でパスポートを盗難されて(その1) 両親の旅行人生最大のピンチ!中国、九寨溝でパスポートを盗難されて(その1)

貴重品を入れたショルダーバッグごと盗まれた!

今でこそ中国屈指の観光名所となった九寨溝ですが、両親が行ったのは2002年、NHKが「NHKスペシャル」で国内初の紹介番組を放映した直後のことでした。両親は日本からツアーに参加し、九寨溝を歩いたあとで民族舞踊のナイトショーを見たそうです。ノリのいい母はステージに上げられて、チベット民族のダンサーと一緒にダンスを楽しみました。ステージに行くとき、肩から斜めがけにしていたショルダーバッグを座席にポンと置いていきました。父がテーブルに着いたままだったのでそのときは何事もありませんでしたが、きっとその無防備な振る舞いを悪者に見張られていたのでしょう。ショーが終わって出口へ大勢の人が押し寄せ、もみくちゃにされた一瞬、バッグの肩ひもを切られたようです。何も持っていないと気づいたのは、ホテルに戻ってからのことでした。

現地で初の日本人被害者となった不名誉な母

そこから二人の苦難の旅が始まりました。当然、この時点でツアーからは離脱。まずは盗難を報告しパスポート紛失証明書をもらうために公安局へ行くと、初めて日本人を見た彼らは熱烈歓迎。しかも当時の九寨溝で初めて外国人が盗難に遭った事件だとのことで、またも珍しがられ、警官たちから「タバコいるか?」などと勧められて盛り上がったようです(両親はまったく盛り上がっていませんが)。現在は外国人観光客が押し寄せ、治安も悪くなっているようですが、当時はまだこんなにのんびりしていたのですね。

日本領事館のある重慶への決死行(?)スタート

九寨溝は山奥ですから、「帰国のための渡航書(パスポートの代わり)」を受け取るためには、重慶にある日本領事館まで自力で戻らなければなりません。重慶まで遠いので、途中にある茂県(もうけん。四川省アバ・チベット族チャン族自治州東南部)で一泊します。ツアーの添乗員さんから現金を借り、ホテルの手配をしてもらって出発しました。両親は旅好きですが二人だけで海外自由旅行をした経験はなく、中国語はおろか英語もまったく話せません。そのため、添乗員さんが探して手配してくれた日本語通訳の人と茂県のホテルで落ち合うことになりました。(その2に続く)