万里の長城に行くと、聞きたくなる質問

山の尾根を這うようにどこまでも続いている世界遺産の万里の長城を見ると、「よくこんなものを作ったなあ。日本人には、ない発想だなあ」と思います。そして「今、見ている長城は、いったい、いつできた長城かな?」という疑問がわきませんか? 万里の長城は、秦の始皇帝が紀元前206年から建設を始めたと言われています。しかし、一説によると、春秋戦国時代の紀元前650年頃までさかのぼるとも言われています。秦の始皇帝説だとしても、私たちが今、目にしている長城は、そこまで古い時代のものではありません。

世界遺産の万里の長城の中で一番古い? 張家口の「大境門長城」に行ってみよう! 世界遺産の万里の長城の中で一番古い? 張家口の「大境門長城」に行ってみよう!

北京で見られる長城はいったい、いつできた?

一番簡単に行けるので観光客が多い八達嶺、観光客が少ないところが受けている慕田峪長城、もっとも美しいと言われる金山嶺長城など、どれも明代に建設されたものです。ひとつひとつ同じ形の煉瓦をつみあげて作った長城は、北方異民族の侵入から漢民族の王朝を守る堅固な要塞です。この要塞の姿が紀元前200年頃から同じであったはずはありません。明代よりもっと原始的な長城を見たくなりませんか? 古代の長城が北京より西に約200キロ、河北省張家口に残っています。

張家口に残る「大境門長城」に行ってみよう!

張家口の北側、東西に連なる太平山に作られた長城が「大境門長城」です。北魏(386〜534年)時代のものを基礎にして、明の成化21(1485)年から建設が始まりました。大境門長城の入り口には「山河好大」の文字が見えます。大陸らしい雄大さを感じる言葉です。また、大境門長城は、長城の東の端の「山海関」、北京の防衛の要の「居庸関」、西の端の甘粛省の「嘉峪関」と並んで4大関所と言われています。しかし、大境門長城だけに「関」の文字がなく、「門」が使われています。そのため「万里長城第一門」と呼ばれています。大境門長城を登れるところまで登って行きましょう。

原始的な「大境門長城」だから、想像たくましく!

すると、向こう側の山に積み上げた石が連なる姿が見えます。これが北魏時代の長城だと言われています。四角い煉瓦ではなく、ゴロゴロの石を積み上げただけの原始的なものです。形は整っていますが、明代の長城のように、楼閣や見張り台があるわけではありません。土手みたいです。それでも北魏時代に苦役に駆り出され、長城建設に携わった人たちと私が見ている長城は同じはずです。1600年以上の昔の北魏時代と私が繋がった瞬間です。張家口の大境門長城は、中国古代史のロマンを感じるところです。大境門長城に行って、中国の悠久の歴史をもっと感じてみませんか?