90年代の中国は路上商人がいっぱいだった

初めて中国大陸をバックパックをしょって1か月以上、旅をしたのは93年です。その頃の中国の路上には、おもしろい職業の商人があふれていました。すいかやメロンの切り売り屋、路上歯医者、耳かき屋、代筆屋などなどです。中国が急速に発展するにつれて、路上で商売ができる場所がなくなってきました。中国人の意識も変わりました。少しでも不衛生に見える店はおいしくても行きたくない、ファーストフード店のように味は二の次で、清潔感があるお店で食べたい人が増えました。そんな意識の変化の中、屋台や路上の食べ物屋が消えていきました。

四川省の自貢で再会!懐かしの路上耳かき屋 四川省の自貢で再会!懐かしの路上耳かき屋

路上耳かきに挑戦してみたいけれど‥

93年から2000年頃にかけて中国の内陸部、陝西省の西安や四川省の成都あたりに行くと、路上耳かき屋が繁華街には並んでいました。当時はめずらしくも何ともない職業でした。着古した白衣を着たおじいさんの耳かき屋のお客もおじいさんでした。気持ちよさそうに耳垢をとってもらっている姿を見ると。「私も試したい!」と思ったものです。しかし、耳かきは使いまわしです。さすがにそれで自分の耳を掃除してもらうのは相当、勇気ある行動です。見るだけにとどめておきました。気が付くと、もう何年も路上耳かき屋の姿を見かけなくなっていました。路上歯医者も同じでした。

再会したのは四川省の恐竜の郷「自貢」

いろんなことがいい加減だった時代、路上歯医者や耳かき屋なども生きていける空間が路上にありました。今は中国人の衛生意識が高まり、こんな仕事はやっていけません。せめて写真だけでも撮っておくのだったと後悔しても後の祭りです。そんな路上耳かき屋に、2013年の10月再会しました。場所は四川省南部の自貢です。恐竜の化石が発見されたこともあり、恐竜の郷とも呼ばれています。製塩業や塩の売買で富をなした商人が多く住んだところです。こんな自貢の旧市街には今も白衣の路上耳かき屋が並んでいました。10年以上ぶりの再会です。

時代がかわり路上耳かき屋も変わっていた

おじいさんの耳かき屋は繁盛しているというほどではありませんが、お客がちらほらいます。耳かきは使いまわさず、1回使うと(たぶん)替えていました。自貢は四川省の省都、成都と比べると、かなり田舎です。まだ、耳かき屋が生きていける余地が残っていたのでしょう。1回1元(約16円)で1日にそんなにお客がたくさんいるとは思えません。おじいさんのお小遣い稼ぎでしょう。今、目の前にいるおじいさんたちが、路上耳かき屋の最後の世代になる可能性大です。また、ひとつ懐かしの路上商人が消えていくと思うと寂しい限りです。