小さな町とは思えないほど立派な文廟がある恭城

「内陸部のこんなに小さな町にどうしてここまで立派な建築物が残っているの!」。恭城県の文廟と武廟のすばらしさに感動! 特に文廟の凝った装飾、重厚感などなど、どれも突出しています。でも、恭城県を知っている日本人がどれくらいいるかしら? 中国人でも「恭城って、いったいどこ?」と言う人がほとんどに違いありません。恭城は、中国西南部に位置する広西壮族自治区の陽朔に近い小さな町です。少数民族のヤオ族が人口の6割を占める地域で、湖南省との境界にも近い場所にあります。そこに「全国重点文物保護単位」の認定を受けている文廟と武廟があります。

横から見た恭城文廟。恭城は、桂林からバスで約2時間30分、陽朔からバスで約1時間の場所にある 横から見た恭城文廟。恭城は、桂林からバスで約2時間30分、陽朔からバスで約1時間の場所にある

中国4大文廟にも入っている恭城の文廟!

文廟とは、春秋戦国時代の思想家であり哲学者である孔子を祀っている廟です。孔廟と言う場合が多く、文廟は別称。中国国内で孔廟(文廟)は1600寺残っていると言われており、そのうち保存状態が良いところが300寺もあるそうです。しかしその中で、「全国重点文物保護単位」の認定を受けているのはたった21寺です。また、中国の検索サイト「百度」で調べてみると、恭城の文廟は、中国4大孔廟の一つに入っていることがわかりました。4大孔廟と言えば、北京の孔廟や孔廟の総本山ともいえる山東省曲阜の孔廟など、そうそうたる場所の孔廟ばかり。そこになぜ、恭城県の文廟が混じっているのか、本当に不思議です。

「恭城古建築群」の中に文廟と武廟は含まれ、2006年に全国重点文物単位に認定された 「恭城古建築群」の中に文廟と武廟は含まれ、2006年に全国重点文物単位に認定された

恭城の歴史と湖南会館

恭城の歴史は古く、秦代に始まります。恭城に近い桂林は、秦代(紀元前214年)に桂林郡がおかれたのが始まりです。秦代の恭城は、桂林郡に属す小さな町でした。後の恭城の歴史を見ても常に周辺にある地方政治の中心となった町に属す小さな町と言う位置づけは変わりません。しかし、清朝の同治11(1872)年に建てられた立派な湖南会館があります。「会館」とは同郷や同業者の為に建てられた建物で、宿泊や商品の収集などに使われました。なので会館がある場所は商業が盛んだった所です。湖南省にも近い恭城は、重要な街道筋にあるなど商業上外せない位置だったのかもしれません。だから湖南会館があり、「全国重点文物保護単位」の認定を受けるような文廟もあるのです。

文廟の牌楼。文廟と武廟の入場料は、あわせて40元(約720円) 文廟の牌楼。文廟と武廟の入場料は、あわせて40元(約720円)

恭城文廟の隣にある武廟にも行ってみよう!

1477年に建てられた恭城文廟は、広西壮族自治区で最も規模が大きく、明代の建築様式が完全に保存されていると言われています。赤い壁、幾重にも重なった防火壁など、どれも風格があります。文廟の中に入ると、最初に現れる石造の牌楼も重厚で歴史を感じさせます。文廟とあわせて「全国重点文物保護単位」になっている武廟は、文廟のお隣。武廟は三国時代の蜀の将軍である関羽を祭っています。武廟は明代の万歴31(1603)年に建てられました。清代に3度にわたる修復工事を請け、今に至っています。恭城って、ものすごい内陸部なのに、普通では考えられないほど立派な廟が残っている不思議な町です。中国の建物好きなら、桂林や陽朔に行った時に恭城まで足をのばしてみませんか!

恭城武廟の中。恭城武廟、文廟はともに恭城バスターミナルから徒歩で行くことができる 恭城武廟の中。恭城武廟、文廟はともに恭城バスターミナルから徒歩で行くことができる