「国家重点文物保護単位」の張壁村に行こう!

長い長い地下道から表に出ると、スコンと青い空。ここは、北京に西側に位置する山西省の張壁村です。「張壁古堡」とも呼ばれ、世界遺産の平遥古城から西に約1時間30分離れた介休市にあります。「国家重点文物保護単位」に指定されている古い村です。「国家重点文物保護単位」とは、日本でいうなら「国家重要文化財」です。あまりの観光客が多くないものの、張壁村は、中国でもほとんど見られないほど珍しい村です。一見普通の村ですが、足の下には地下道が張り巡らされています。丘の上にあり、軍事的備えがしっかりした村は、まさに「袖珍古堡(ミニ要塞)」です。

平遥古城から張壁村へは、鉄道で介休駅に行き、そこから徒歩で公交停車場へ。4路バスに乗って、終点下車。4路バスは1時間に1本程度 平遥古城から張壁村へは、鉄道で介休駅に行き、そこから徒歩で公交停車場へ。4路バスに乗って、終点下車。4路バスは1時間に1本程度

張壁村のメインストリートから見えるもの

張壁村の始まりは、五胡十六国(304〜439)と言われる中国の分裂時代だと言う説や隋末期の619年劉武周が唐を建国した李世民と戦うために要塞を作ったのが始まり説などがあります。現存している建物の多くは、明清代の四合院です。村のメインストリートにあたる石畳の通りは意外と狭く、その両側には、高い壁に守られた四合院が並んでいます。そのせいか軍事的備えがしっかりした村という感じが漂ってきます。だからと言って、殺伐とした雰囲気でもなく、四合院造りの建物は、山西省らしく非常に豪華。象や龍を彫り込んだ柱の装飾は、見ごたえがあります。張壁村を効率良く見学するために、まずは入場ゲートに近い可罕王祠にある入り口から地下道に入っていきましょう。

象と龍を彫り込んだ柱の装飾。白い象が中国らしくない雰囲気でおもしろい 象と龍を彫り込んだ柱の装飾。白い象が中国らしくない雰囲気でおもしろい

張壁村観光のいちおし! 地下道を歩いてみよう!

「古地道」と呼ばれる地下道が最初に掘られた時期についても、まだ調査中です。北魏の孝文帝の時代(471〜499)、張壁は、介休県の政府があった場所です。後に東魏の孝静帝(524〜552)の時代になると、張壁は南朔州になり、南朔州軍の駐屯地になりました。この頃に地下道が掘られたのではないかという説を証明する文献が残っています。10キロはあると言われている地下道ですが、発掘された部分は約1.5キロ。三層になっている場所もあり、内部は指令部、倉庫などに分かれています。この地下道が張壁村のおすすめスポットです。ところどころ灯りがあるだけの地下道は、身長154センチの私が中腰にならないと進めない場所もあります。平日に訪れたので途中まで他の観光客の声すらなく、たった一人で出口がわからない地下道を歩くのは、かなり恐怖でした。

灯かりの数も標識も少ないので、怖がりの人には厳しい! 灯かりの数も標識も少ないので、怖がりの人には厳しい!

張壁村研究のテーマになっている可罕王廟

やっと太陽の光が見え、地下道を出ると、そこは張壁村の一番西でした。村の南から入ったのに、予想外のところに出てきました。さあ、あとは村の散策です。地下道の入り口があった可罕王祠は、村の一番高い位置にあり、ここから村が一望できます。北門廟、二郎廟、興隆寺などがコンパクトにまとまっているので、散策は簡単です。地下道探検や村の散策をする時に必ず訪れる可罕王祠ですが、ここは現在、張壁村研究のテーマとなっているところです。碑文や梁に掘られた内容から再建の時期はわかっていますが、可罕王祠が最初に建てられた時期はわかっていません。また、祀られている人物のうち、いったい誰が可罕王なのかも謎です。世界遺産の平遥に行ったなら、地下道あり、歴史ミステリーありの張壁村にも足を延ばしてみませんか!

可罕王廟に行ったら、村を一望することをお忘れなく! 可罕王廟に行ったら、村を一望することをお忘れなく!