最近、人気が下降気味の三峡下り

そういえば最近、「三峡下りに行って来た」という旅行者に出会いません。三峡と呼ばれる瞿塘峡、巫峡、西陵峡の雄大な景観を楽しむクルーズは、中国人なら一度は行ってみたいところです。中国西南部の重慶から始まる三峡クルーズは、日本人にも人気があったはずなのですが、日本人どころか中国人でも行く人が減っています。最近は、ちょっと珍しいところに行きたい中国人が増えたため、人気が下火になっているのかもしれません。日本人にとって三峡下りと言えば、三峡の景色だけでなく、奉節県にある白帝城が旅の目的の一つです。白帝城は、三国志の主役の一人である劉備終焉の地です。私が目指しているのは、奉節県からバスでさらに約1時のところにある巫渓県の寧廠古鎮です。

寧廠古鎮は、本当に景色が美しい渓谷にある 寧廠古鎮は、本当に景色が美しい渓谷にある

巫渓県の寧廠古鎮の特徴とは?

寧廠古鎮は、巫渓県の大寧河の支流である後渓河の河畔にあります。今は訪れる人も少なく、廃墟のような寧廠古鎮ですが、4000年以上の製塩業の歴史があると言われています。四川省や重慶市周辺にある製塩業で栄えた古鎮の中でも、最も古くから塩を生産してきたところです。紀元前316年の周代から製塩業が始まりました。この地には、「塩泉」と呼ばれる塩水が沸いてでる泉があり、煮詰めて塩を作ってきました。明代には、四川省で生産される塩の約20%を寧廠古鎮の塩が占めていたそうです。清代の康熙4〜乾隆37(1665〜1772)年にかけての最盛期は、古鎮には、塩を煮詰める窯が330以上もあったと言われています。

後渓河の北岸に残っている製塩工場跡 後渓河の北岸に残っている製塩工場跡

寧廠古鎮に今も住んでいる老人たち

巫渓県の旧市街にある古いバスターミナルから寧廠古鎮へは、ミニバスで約1時間。緑色の水がきれいな后渓河が見えてきたら到着です。三叉路でバスを降り、川沿いの道を歩いていると、橋が見えてきます。橋を渡れば、寧廠古鎮です。中国版ジオグラフィックともいえる「中国国家地理」で寧廠古鎮の写真を見て、知っていましたが、離れたところから寧廠古鎮を見ても廃墟のよう。寧廠古鎮の製塩業が完全に止まったのは、1996年です。川沿いの民家には、ほぼ人が住んでいませんが、たまにお年寄を見かけます。この人たちは、もしかしたら若い頃は、製塩工場で塩を炊いていた職人さんではないでしょうか?

ほとんどの村人がお年寄。若者は、ここからバスで約1時間の巫渓県の中心部に住んでいるのかもしれない ほとんどの村人がお年寄。若者は、ここからバスで約1時間の巫渓県の中心部に住んでいるのかもしれない

川沿いに長い寧廠古鎮を歩いてみよう!

寧廠古鎮は、川沿いの細長い古鎮です。川沿いや崖によった土地に適した「吊脚楼」と呼ばれる建築様式の民居が3.5キロにわたって建っています。古鎮のところどころで対岸とはつり橋でつながっています。巫渓からのミニバスを降りたところから3つ目のつり橋のそばまで来ると、文革時代そのままのスローガンが書かれた建物が残っています。現在、残っている建物は、文革期のものが多く、今もスローガンの文字が残ったままです。対岸には、大きな製塩工場も荒れ果てた姿のまま残っています。中国の製塩業に興味がなくても、廃墟のような風景が好きな人ならかなり楽しめますよ。奉節から足をのばして、寧廠古鎮に行ってみませんか!

古鎮の中心部に残る文革期のスローガン 古鎮の中心部に残る文革期のスローガン