山吹色の駅舎が珍しい箇碧石鉄道とは?

フランス人技師が建設した、くすんだ山吹色の駅舎が、ノスタルジックでいい感じ! 駅舎の前に残っている幅の狭い線路は、もうとっくに使われてはいませんが、それもまた、風情があります。中国の西南部に位置する雲南省南部には、こんな山吹色の駅舎が各地に残っています。これは箇碧石鉄道の駅舎です。箇碧石鉄道とは、中国初の民営鉄道で、箇旧から碧石寨を経て、石屏まで敷かれていました。1906年、ベトナムのハノイから雲南省の開遠、1910年には、省都の昆明までフランスは鉄道を建設しました。これがテン(さんずいに眞)越鉄道です。箇碧石鉄道は、箇旧で採れる錫を石屏に運ぶために建設され、テン越鉄道とは結ばれていました。テン越鉄道と同じく、フランス人技師が建設したため、箇碧石鉄道の駅舎も山吹色をしています。

建水駅。現在は臨安駅と改名され、駅舎の色もおちついた山吹色に塗り直されている 建水駅。現在は臨安駅と改名され、駅舎の色もおちついた山吹色に塗り直されている

駅舎だけではない箇碧石鉄道の魅力

箇碧石鉄道は、中国では珍しい山吹色の駅舎だけではなく、幅60センチの狭軌鉄道で知られています。「小火車」と呼ばれ、日本の鉄道ファンにも人気があります。終点の石屏駅では、旅客輸送は、2005年に停止され、貨物輸送のみ営業を続けていました。それも2010年には終了し、駅舎だけが残っている状況でした。箇碧石鉄道の駅舎が残っている町の中で建水は、比較的大きな町です。建水は、元代以降、雲南省の軍事、政治、経済の中心地だったので、漢民族色の強い町です。そのため、世界遺産の元陽に行く通り道にあるのに、少数民族の文化を見たい日本人には、人気があまりありません。この建水の旧市街に続く迎賓路の入り口に建水駅がひっそりと建っていました。

建水の町のシンボルと言える朝陽楼。朝陽楼を抜けると旧市街になっている 建水の町のシンボルと言える朝陽楼。朝陽楼を抜けると旧市街になっている

2010年に全面に停止した箇碧石鉄道が、まさかの復活!

この建水駅が、「臨安駅」と呼称がかわり、箇碧石鉄道が観光列車として2015年5月に復活していました。復活したのは、建水から団山村の約15キロです。臨安とは、建水の明代の呼称です。団山村は、建水郊外約13キロのところにある古い村で、明代の洪武年間に江西省からやってきた張一族が開いたとされています。張氏は、清代に錫鉱山の開発、採掘、販売を一手に握り、巨万の富を得ました。団山村には、清代に建てられた張氏の豪邸がそのまま残っています。バナナやパパイヤの樹が立っている南国そのものの風景の中に清代の豪邸が建っている風景は、日本人には、ピンと来ず、おもしろい雰囲気が楽しめるところです。

団山村の入り口。清代の建築が数多く残っている建築博物館のような村 団山村の入り口。清代の建築が数多く残っている建築博物館のような村

臨安駅発の観光列車の旅をしてみない?

臨安駅を出発した黄色い車両は、まもなく双龍橋駅に到着します。双龍橋駅は、清代の乾隆年間(1735〜1796)に建設された石橋です。建設当初は、3つのアーチしかなかったと言われていますが、河幅が広がっていったため、道光19(1839)年に14ものアーチが加えられました。その結果、17ものアーチがある橋になりました。畑の中に突如、現れる不思議なほど立派な橋に驚きますよ。観光列車は、双龍橋駅を出ると、次の停車駅は、終点の団山村駅です。約25分ほどのミニトリップです。団山村を思い思いに観光し、帰りは、ミニバスで建水に戻るという手もありますよ。乗り鉄の人なら、往復切符を買うのがおすすめです。鉄道ファンなら、雲南省南部に残る小火車に乗ってみませんか!

双龍橋の上は、自由に歩くことができる。北京の頤和園にある十七孔橋とも比較される名建築 双龍橋の上は、自由に歩くことができる。北京の頤和園にある十七孔橋とも比較される名建築