2015年5月に一部復活した箇碧石鉄道

2013年に建水にやってきた時は、古びた駅舎しか残っていませんでした。2015年5月に小火車が復活したと聞き、来てしまいました。新しくできた臨安駅もしゃれています。臨安とは、建水のことで、明代はこう呼ばれていました。臨安駅は、箇壁石鉄道の建水駅のことです。箇碧石鉄道は、清朝末期に敷かれた中国初の民営鉄道として知られています。箇旧で取れる錫をテン(さんずいに眞)越鉄道の碧色寨駅に運ぶ出すために建設されました。テン越鉄道は、フランスがベトナムのハノイから雲南省の省都昆明まで敷いた鉄道です。どちらの鉄道もフランス人技師が作ったので、中国らしからぬ山吹色の駅舎をしています。箇碧石鉄道は、2010年をもって貨物輸送もストップし、全く使われていませんでした。それが2015年に観光列車として復活しました。

新しくできた臨安駅。中国らしいデザインでもあり、箇碧石鉄道の駅舎らしい黄色も使われている 新しくできた臨安駅。中国らしいデザインでもあり、箇碧石鉄道の駅舎らしい黄色も使われている

臨安駅から始まる小火車の旅

箇碧石鉄道は、レールの幅が600ミリの狭軌鉄道だったので、中国では「小火車」と呼ばれています。臨安駅から乗る鉄道も小火車と呼びます。臨安駅から団山村駅までは約13キロ。観光用なので1日2本。臨安駅を午前9時と午後2時半に出発します。途中で清朝の乾隆(1735〜1796)期に建てられた双龍橋を通り、約30分停車します。その後は、双龍橋に近い郷会橋駅でまた30分の観光をし、終点の団山村駅に向かいます。団山村は、明代にこの地に移り住んできた張氏の村です。錫鉱山の開発と販売で富を得た張氏の豪邸をはじめ、清代の建築が数多く残っています。団山村からの小火車は午後1時と午後5時50分発。帰りは、ノンストップで臨安駅まで戻ってきます。

郷会橋駅周辺は畑。レールを見ても、幅が狭いことがわかる 郷会橋駅周辺は畑。レールを見ても、幅が狭いことがわかる

郷会橋駅で団山村から戻ってくる小火車を待ち伏せ

2013年に郷会橋駅を訪れた時は、小火車の復活の気配もなく、普段は訪れる人もいない廃駅でした。さすがに今は、きれいに修復されています。今回は、ここで団山村から戻ってくる小火車を待ち受けることにしました。戻ってくる列車が郷会橋駅を通るのは、午後6時半すぎ。その後、双龍橋に寄れば、夕焼けの双龍橋の写真を撮ることができるはず。北京の頤和園にある十七孔橋と並び称される双龍橋は、夕焼けの写真スポットとしても有名です。午後6時半をすぎた頃、踏切に係りの人が出て来て、後ろに下がるように言われました。いよいよ小火車がやってきます。山吹色の牽引車が、夕暮れが近い畑の中を走ってきました。

修復された郷会橋駅。古びた感じを残して、修復されているのは、中国では非常に珍しいケース 修復された郷会橋駅。古びた感じを残して、修復されているのは、中国では非常に珍しいケース

帰りに双龍橋に寄ってみよう!

箇碧石鉄道は、1915年に工事が始まり、完成は1936年。時速約10キロ。そのため世界で一番造るのも走るのも遅い鉄道と言われていました。観光列車として復活した今は、十分速い! 予想以上にスピードでがあります。あっという間に小火車は、私の前を過ぎ去っていきました。さあ、急いでミニバスに乗って、双龍橋に移動です。双龍橋に行くと、大勢の写真好きがすでにスタンバイ! あとは夕暮れを待つだけになっていました。17ものアーチがある双龍橋は、畑の中にあるのが不釣り合いなほど、美しい橋です。建水で復活した小火車とレトロな箇碧石鉄道の駅舎も撮れ、大満足の1日でした。建水の小火車は、鉄道ファンにおすすめです。

夕暮れの双龍橋。双龍橋、郷会橋駅へは、建水の北門から黄龍寺行きのミニバスに乗っていく。帰りのミニバスは午後8時頃まである 夕暮れの双龍橋。双龍橋、郷会橋駅へは、建水の北門から黄龍寺行きのミニバスに乗っていく。帰りのミニバスは午後8時頃まである