主食が小麦粉の北京で、よく見られる粉ものの食べ方

北京ダックは、薄い小麦粉生地の春餅(チュンビン)にこんがり焼いた鴨を巻いて食べる料理です。脂っこいので苦手という日本人もいますが、私は、北京に行くたびに食べたいぐらい好き。窯につるしてじっくり焼いた鴨肉が好きと言うより、とにかく粉もので巻いて食べる、包んで食べるというところが好みです。中国北部にあたる北京の主食は、小麦粉です。薄く焼いた粉ものやパンで包んで食べる料理は、北京ダックだけでありません。私のようにパンやクレープのような薄い生地で何かしら包んで食べる料理が、大好きという人がいるはずです。そんな人におすすめしたいのが「肉抹焼餅(ロウモーシャオビン)」です。

焼餅とは別に出てくる、豚肉ミンチのピリ辛炒めを挟んで食べる料理が肉抹焼餅 焼餅とは別に出てくる、豚肉ミンチのピリ辛炒めを挟んで食べる料理が肉抹焼餅

西太后と関係がある食の話が多い理由

肉抹焼餅の焼餅とは、北京ッ子の主食のひとつで、胡麻たっぷりのパンです。軽い塩味がする焼餅で、甘辛い味をつけて炒めた豚肉ミンチを挟んで食べる料理が肉抹焼餅です。一見、胡麻パンバーガーのような料理です。この肉抹焼餅の歴史は意外と新しく、清朝の末期、慈禧太后の夢に始まります。慈禧太后とは、西太后のことです。日本では西太后で知られていますが、中国では、慈禧太后と呼ぶのが一般的です。高級なものから庶民的なものまで、食いしん坊で知られる慈禧太后にまつわる食の話は多く、「慈禧太后とからめることで料理に箔が付くのでは?」 と、思ってしまうほどです。

写真左の黄色いようかんのようなものは、豌豆で作った豌豆黄。西太后の好物として知られています 写真左の黄色いようかんのようなものは、豌豆で作った豌豆黄。西太后の好物として知られています

清代末期に広がった肉抹焼餅の物語とは?

ある夜、慈禧太后は、細かく切った肉を挟んだ焼餅を食べる夢を見ました。翌朝の食事の時、昨晩の夢に出てきたのと全く同じ焼餅が出てきたそうです。大喜びした慈禧太后は、「この焼餅を作ったものは誰か」と尋ねたところ、作った厨師の趙永寿が20両もの銀を賜ったそうです。その後、この話が民間に伝わり、庶民の間でも肉抹焼餅が広がったと言われています。1900年、八カ国連合軍が北京に攻め込んだので、西安に脱出した際も慈禧太后は西安で、羊肉泡モー(月へんに莫)という貧しい人の食事を食べたという話が残っています。肉抹焼餅の始まりも食いしん坊な慈禧太后らしい物語ですよね。

焼餅夾肉は、羊肉や牛肉を売るお店でも扱っていることがあります 焼餅夾肉は、羊肉や牛肉を売るお店でも扱っていることがあります

肉抹焼餅と似ている焼餅夾肉とは?

北京には、まだ他にも焼餅にお肉を挟んで食べる料理があります。「焼餅夾肉(シャオビンジャーロウ)」と呼ばれる、胡麻パンバーガーです。醤油味の牛肉煮込みを冷ましたものを切って、焼餅に挟んだものです。ソースなどは、入っていませんが、肉の味だけで充分おいしく食べられる北京の名物料理の一つです。焼餅夾肉は、北京の中心部で展開している護国寺小吃店などのチェーン店で食べることができます。1個から注文でき、テイクアウトもできますよ。B級グルメ感覚で食べられる焼餅夾肉と違って、肉抹焼餅は、北京料理のレストランでしか食べられない名物料理です。パンや春餅などで包んだり、挟んだりして食べるのが好きな人は、肉抹焼餅をぜひ、お試しあれ!

寛街にある白魁老号飯荘でも、焼餅夾肉は食べられます 寛街にある白魁老号飯荘でも、焼餅夾肉は食べられます