北京郊外にある日中戦争のきっかけになる事件が起きたところ

今では、「日本側が仕掛けたわけではない」とされていますが、1937年7月7日に起きた軍事衝突をきっかけに1945年まで日中戦争が始まりました。その運命の地がここだと思うと、感慨も深いものがある。今では、のどかそのものの風景と言いたいところですが、周辺には、しっかりと中国人民抗日戦争記念館が建てられています。ここは北京の南西約20キロのところにある盧溝橋です。日本の近代史とあまりにも関係が深い石橋ですが、造られたのは1192年と古く、中国の北方を征服した女真族の時代の建造物です。

中央のでこぼこの部分が、盧溝橋事件当時の石畳 中央のでこぼこの部分が、盧溝橋事件当時の石畳

日中史に重要な橋は、風情がある橋だった!

北京郊外の永定河にかかる橋が盧溝橋です。ここは北京の一番外側の出入り口にあたり、蘇州や揚州がある江南地方から北京にやってくる旅人も江南に行く旅人もこの橋を渡らなくてはなりません。旅人を見送る人は、この橋の上で別れを惜しむのが慣わしでした。「北京八景」の月の名所としても知られていました。橋の東端には、清朝の乾隆帝が建てた「盧溝暁月」の碑が立っています。近代の歴史的事件と関わりがある橋なので、殺伐としたイメージがあるかもしれませんが、実はしっとりとした物語を持っている橋です。

あのマルコ・ポーロも絶賛した盧溝橋

盧溝橋は全長260メートル、幅7.5メートルの石橋です。元々あった石橋の部分は中央部にわずかに残っている程度ですが、見どころは欄干です。500体ほどの獅子が並んでいます。それが一つ一つ顔も姿も違います。甘えているような子供の獅子と一緒にいるもの、前足でカエルのような動物を踏みつけているものなど。石の獅子が相当古く、修理された時期が異なるせいか、石の材質がかなり違ってしまっています。こんないい加減さは気になりますが、マルコ・ポーロが東方見聞録に「これほど美しいい橋は、世界のどこを探してもないだろう」と書いただけのことはある美しい橋です。

盧溝橋への一番簡単な行き方

さて、盧溝橋への行き方ですが、北京西駅南広場から309路のバスがおすすめです。地下鉄も走っていますが、盧溝橋からはやや離れています。この付近は、高速道路が走り、立体道路になっているところもあり、歩いて渡るのが難しい場所です。309路バスなら「盧溝新橋」で降りれば、徒歩5、6分で到着です。盧溝橋は、重い歴史を背負った橋ですが、現在、橋のそばはボート乗り場になっています。橋の前には、黄色いあひるの形をしたボートが浮かんでいて、なんだかシュールな雰囲気です。北京西駅からはバスで約30分と意外と近いので、日中近代史の現場、盧溝橋に行ってみませんか!