建築好きにおすすめ! 北京最大の色町「八大胡同」とは?

「かつての色町」と聞くと、ちょっと行ってみたくなりませんか? しかも遊郭だった建物が今も残っていると聞くと、なおさらです。北京の前門に近い「八大胡同(バーダーフートン)」は、北京最大の色町があった場所です。八大胡同は、清代末期から民国時代にかけて最盛期を迎えたと言われています。胡同とは、中国語で路地や通りのことです。八大なので、さぞかし立派な8本の通りなんだろうと思いません? 実際は、車1台がぎりぎり通れる程度の幅しかありません。また、八大胡同と言っても、八本の通りではなく、前門や大柵欄一帯をさすという説もあります。定かでないところが、ミステリアスで遊郭跡地にふさわしい感じがしませんか?

八大胡同の陝西巷に残る「上林仙楼」旧址。中国ではとても有名な伝説の妓女、賽金花や小風仙が籍を置いた妓楼として有名 八大胡同の陝西巷に残る「上林仙楼」旧址。中国ではとても有名な伝説の妓女、賽金花や小風仙が籍を置いた妓楼として有名

八大胡同と前門、大柵欄の関係

八大胡同とは、鉄樹斜街と朱子口西街に挟まれた地区にある胡同です。定説では、韓家、石頭、百順、小力、朱家、イン(月へんに因)脂の胡同と陝西巷、棕樹斜街のあわせて8本の通りを指しています。八大胡同は、前門に隣接している大柵欄の西側に位置しています。前門は、正式には正陽門と言われます。紫禁城がある内城と外城をつないでいるのが正陽門です。内城に用がある人は、必ず正陽門にやって来ます。ここで入場できるかどうか、しばらく待たされます。そのため前門周辺には、料理屋をはじめ、宿や商店が生まれました。それが大柵欄一帯です。夜盗の侵入を防ぐために、大きな柵を作ったので、それが地名になりました。

大柵欄には、張一元、同仁堂など、名だたる老舗が軒をつらねています 大柵欄には、張一元、同仁堂など、名だたる老舗が軒をつらねています

八大胡同と江戸の吉原との違いとは?

内城への玄関口となった前門、老舗が軒を連ねる大柵欄、商談につきものの様々な接待を受け持った八大胡同。この3か所は、密接に関係しています。江戸時代の吉原と八大胡同の大きな違いは、場所です。吉原が江戸のハズレにあったのに対し、八大胡同は、北京の中心部の前門や大柵欄のすぐそばにあることです。まずは、八大胡同を歩いてみましょう。今も淫靡な雰囲気が少しばかり漂っている場所を想像する人がいるかもしれません。今は、北京でも珍しくなった四合院家屋が並ぶ下町そのもので健康的といおうか、にぎやかな路地になっています。夏の夕方ともなると、家の前に出した椅子で夕涼みする人が目につく場所です。

安食堂や屋台が並んでいる陝西巷は、八大胡同の中でも特に下町の雰囲気が楽しめるところ 安食堂や屋台が並んでいる陝西巷は、八大胡同の中でも特に下町の雰囲気が楽しめるところ

高級妓楼が集まる陝西巷に行ってみよう!

八大胡同の中でも、陝西巷は、高級妓楼が集まっていたことで知られています。中国の妓楼にも吉原と同じ様にランクがあります。高級軍人や官僚、大商人を相手にした高級なところは「清吟小班」、小金持ちを相手にした中級は「茶室」、3等は「下処」と呼ばれます。さらにランクが落ちる4等は、「小下処」や「窯子」と呼ばれています。下級の妓楼は、磁器口などに分散しており、八大胡同に近い天橋や延寿街などは、もぐり営業をしている「暗娼」が多いところでした。八大胡同は、陝西巷だけでなく、全体的に上級の妓楼が集まっていた場所です。(後編につづく)

雲吉班の中庭から見た風景。現在、約20世帯ほどが住んでいます 雲吉班の中庭から見た風景。現在、約20世帯ほどが住んでいます