お堅いイメージの北京に似つかわしくない、かわいい名前の胡同

前回、北京に行った時、「前炒麺胡同」を見つけました。胡同とは、北京や河北省など、主に北方で使われる言葉で路地を意味しています。「前炒麺」を日本語に直すと、「前やきそば」! 通りの名前がやきそばだなんて、変わっていると言おうかおもしろい! 前があるってことは、どこかに「后(後ろ)炒麺胡同」もあるってことです。北京には、驢肉(ロバ肉)、桜桃(さくらんぼ)、黒芝麻(黒ごま)など、食品が名前になっている胡同が数多く残っています。北京って、中華人民共和国の首都であり、元以降歴代王朝の都でした。上海に比べてお堅いイメージがあります。それなのに胡同には、妙にかわいい名前が残っています。

明代は、一時期、炒米(チャーハン)胡同と呼ばれていた 明代は、一時期、炒米(チャーハン)胡同と呼ばれていた

胡同の歴史と関係がある、井戸の名前がついた胡同

北京は、モンゴル族のフビライが築いた元の都、大都が基礎となっています。胡同とは、モンゴル語で「井戸」を指していると言う説があります。人が住むには、水が必要なので井戸があります。後に人が居住するところを意味する胡同になったと言われています。確かに井戸を名前につけた胡同は数多く残っています。三眼井、大井、苦水井などなど。北京を代表する繁華街の王府井も井戸から名前をとっており、近くに井戸があったはずです。かって北京の井戸は、個人の家のもので、井戸を持たない家の人々は水を買っていたそうです。解放後、水道がひかれましたが、井戸を名前にした胡同は、今も残っています。

北京の下町の胡同には、昔ながらの北京の風景が残っている 北京の下町の胡同には、昔ながらの北京の風景が残っている

消えていっている北京の胡同

北京っ子は、「大きな胡同なら360、小さな胡同なら牛の毛の如し」と言っていました。大きな胡同も多いけれど、小さな胡同は、数えきれないほどあるという意味です。実際に1949年10月1日の中華人民共和区成立後の最初の調査では、胡同は、4100以上もありました。それが1990年代末の調査では、3067に減っていました。現在は、さらに減っているはず。皇族や貴族の館、宮廷の役所から名前を取ったような胡同は、たいてい場所も良く、歴史があるせいか再開発でもなくなりにくいです。それと比べると、食品の名前がついた胡同は、消えていっているように思えます。

同じ名前がいくつもある食品名の胡同

例えば、干麺(乾麺)胡同は、貴族の名前がついた永康胡同と比べると、名前からして負けています。庶民が自分の家の場所を説明する時に、説明しやすいように身近なものを使ったのが、食品から名前をとった胡同です。場所も内城と外城に分かれる北京でもやや辺鄙なところにあり、同じ名前の胡同が何か所もあります。羊肉胡同なんて、イスラム教徒の回族が住む牛街、繁華街の西単に近い西四北大街北段など、あわせて5か所もあります。改名されることも多く、私が見たかった豆腐巷も多くが別名になっていました。胡同は、再開発で年々消えていっているので、食品の名前がついた胡同も減っていっています。食品名の胡同巡りをするなら、とにかくお早目に!

羊肉胡同の中でも一番有名なのは、西四南大街のもの。元の大都時代から存在していた歴史ある胡同。実際、周辺には羊市もあったと言われている 羊肉胡同の中でも一番有名なのは、西四南大街のもの。元の大都時代から存在していた歴史ある胡同。実際、周辺には羊市もあったと言われている