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海外旅行中国編2018/おすすめ! 伝説の名妓が開いた「悦香院」址を見に行こう!


掲載日:2018/07/10 テーマ:物語のあの場所 行き先: 中国 / 北京

タグ: ロマン 一度は見たい 一度は行きたい 建築 歴史


かつての高級妓楼を利用した「上林旅館」

妓楼そのものの雰囲気がおすすめの上林旅館 妓楼そのものの雰囲気がおすすめの上林旅館

この遊郭っぽい妖しさがたまらない! 私は、北京に行くと「上林旅館」に泊まることにしています。かつての遊郭で、しかも遊郭の雰囲気が、今も残っているお宿なんて、なかなかありません。中国では、遊郭と言うより妓楼と呼ぶのですが、上林旅館は、中国人なら誰でも知っている妓女が籍を置いたことがある高級妓楼でした。上林旅館がある八大胡同は、江戸の吉原のようなところです。八大胡同の中でも上林旅館がある陝西巷は「清吟小班」と呼ばれる高級妓楼が集まっていました。そんな場所に泊まっているのに、私は、うっかり見落としていました。帰国後、八大胡同について書かれた本を読んでいる時に、重要な妓楼址があったことを知りました。

「悦香院」を開いた名妓の波乱万丈の人生

賽金花が開いた「悦香院」址。大人が2人通るのもやっとの狭い路地なので、全景写真を撮るのが非常に難しい 賽金花が開いた「悦香院」址。大人が2人通るのもやっとの狭い路地なので、全景写真を撮るのが非常に難しい

「悦香院」址が残っているのは、上林旅館から徒歩1分も離れていない楡樹巷です。そこは、私が「(路地が狭すぎて)ここには、有名な妓楼はないだろう」と、中に入らなかった路地でした。まさか、伝説の名妓が開いたと言われる「悦香院」があったとは。伝説の名妓とは、賽金花です。彼女の波乱万丈の生涯は、何度もドラマや映画化されています。賽金花は、清朝末期から中華民国初期の妓女です。13歳の時、34歳年上のエリート官僚の洪欽に見初められ、その妾となりました。洪欽がドイツ、ロシア、オーストリア、オランダの全権大使となると、彼についてヨーロッパを歴訪します。ベルリン滞在中に覚えたドイツ語を使って、洪欽亡き後も外交官ばりの活躍をしたと言われています。

実際に「悦香院」に入ってみよう!

部屋は、一階、二階ともすべてにアーチ型の装飾がなされている 部屋は、一階、二階ともすべてにアーチ型の装飾がなされている

夫の死後、再び花柳界に戻った賽金花が開いたのが悦香院です。陝西巷から楡樹巷に入ると、右手に二階建ての建物が見えます。ここが悦香院址です。今では、低所得層が住むアパートになっており、家の外まではみ出したものでごちゃごちゃになっています。ただ、建物をよく見ると、バルコニーや天井の木彫が凝っており、悦香院が華やかだった頃が思い浮かぶようです。どの部屋も入り口にアーチ型の装飾がなされ、欧風っぽい感じすらします。洪欽と一緒にヨーロッパで過ごした彼女だから、欧風趣味が取り入れられたのかもしれません。

古びるままになっている、かつての妓楼址

かつての妓楼址は、建物の入り口のプレートが目印。プレートがない妓楼址らしき建物も残っているので、プレートの有無だけでは判断できない かつての妓楼址は、建物の入り口のプレートが目印。プレートがない妓楼址らしき建物も残っているので、プレートの有無だけでは判断できない

悦香院の入り口には「北京市西城区普査登記文物、楡樹巷1号茶室」とあります。「茶室」とは、「清吟小班」に次ぐ中級の妓楼をさしています。北京市の重要文化財などの認定を受けられるわけもなく、古びるにまかせた状態です。八大胡同には、「茶室」と書かれたプレートがかかった建物が何か所かありますが、どこも状況は似ています。低所得層が住むアパートになり、かつてお客と妓女たちの笑い声で満ちたであろう中庭は、建て増しした小屋で埋め尽くされています。北京の前門に近い八大胡同に行ったら、かつての妓楼巡りをしてみませんか! その際は、楡樹巷の悦香院址をお忘れなく!

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2018/07/10)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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