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海外旅行中国編2019/おすすめ! 長い間未公開だったチベット仏教の西黄寺が初公開!


掲載日:2019/04/07 テーマ:観光地・名所 行き先: 中国 / 北京

タグ: すごい! 一度は行きたい 寺院 素晴らしい 歴史


未開放だった西黄寺が一般公開に

清浄化城塔は、巨大な宝座の上に5本の塔を建てた金剛宝座塔 清浄化城塔は、巨大な宝座の上に5本の塔を建てた金剛宝座塔

鮮やかな青空をバックに立つ真っ白な仏塔に感動! チベット式の仏塔と言えば、北海公園や白塔寺の白塔のように表面がつるんとした塔が比較的多い気がします。でも、目の前にある仏塔の周囲には、立ち姿の菩薩像が彫り込まれています。また、八角形の沙弥座にも龍、孔雀、仏様が見えます。北京の西黄寺の中にあるこの塔は「清浄化城塔」と呼ばれています。清浄化城塔は、外国人旅行者だけでなく、中国人も見ることができませんでした。それが2018年の6月にやっと見られるようになりました。長い間未開放だった、西黄寺の公開が始まったのです。

清代に建てられた西黄寺とは?

西黄寺(北京市朝暘区黄寺大街11号)、010−58350902、土日のみ開放。地下鉄8号線「安華橋」駅E出口下車後、徒歩15分。バスなら409路バス「鼓楼外大街北站」下車後、徒歩7,8分 西黄寺(北京市朝暘区黄寺大街11号)、010−58350902、土日のみ開放。地下鉄8号線「安華橋」駅E出口下車後、徒歩15分。バスなら409路バス「鼓楼外大街北站」下車後、徒歩7,8分

西黄寺が建設が始まったのは、清朝の順治8(1851)年です。清を支配していた満州族は、チベット仏教を信仰していました。順治帝は、チベット仏教の指導者であるダライ・ラマ五世を何度も北京に招いていましたが、なかなかその望みは叶いませんでした。ダライ・ラマ五世は、チベットの世界遺産であるポタラ宮殿の建立を始めた人物です。1852年9月、やっとダライ・ラマ五世が北京を訪れました。その際、3000名もの随行団と一緒に宿泊したのが西黄寺です。順治帝は北京から数日かかる距離の場所まで出迎えに行ったと伝えられています。西黄寺は、この後もダライ・ラマ法皇やチベット仏教の高層が北京を訪れた際の宿泊所となりました。

パンチェンラマ六世と清浄化城塔

空に向かって、吠えているような辟邪(ビーシエ) 空に向かって、吠えているような辟邪(ビーシエ)

さて、清浄化城塔ですが、乾隆47(1782)年に建設されました。インドのブッダガヤにあるマハーボディー寺院の仏塔を模していると言われ、高さは15メートルもあります。乾隆帝の招きにより北京を訪れていたパンチェンラマ六世ですが、天然痘のため1780年に西黄寺で亡くなりました。後にパンチェンラマ六世を記念して、建てられたのが清浄化城塔です。そのためパンチェンラマ六世塔とも呼ばれています。清浄化城塔の左右には、「辟邪(ビーシエ)」という獅子に似ているけれど、羽がある伝説上の動物が見えます。こちらは精巧な彫刻が施された塔と違い、意外とあっさりした作り。どことなくユーモラスな雰囲気が漂っています。

やっと開いた西黄寺に行こう!

清浄化城塔の南側に立つ牌坊 清浄化城塔の南側に立つ牌坊

西黄寺の中軸線上に建てられた清浄化城塔の前には、牌坊と呼ばれる門のような建築物があります。この牌坊も清浄化城塔に負けず劣らず、精巧な作りで、こちらも必見。正面の二本の柱に刻まれているのは、乾隆帝の筆によるお言葉です。他には龍、鳳凰、チベット仏教のお経が梵字でびっしりと彫られています。ダライ・ラマ法皇やチベット仏教の高層の宿泊所になっていた西黄寺は、チベットとの関係が非常に深い仏教寺院です。中国政府とチベットは複雑な問題を抱えていることも関係しているのか、長い間未開放でした。現在は、週末のみ開放されています。北京に行ったら、やっと扉があいた西黄寺に行ってみませんか!

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2019/04/07)

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※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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