新疆ウイグル自治区トルファンにある思い出のお宿

特に設備が良かった、部屋が綺麗だったという訳ではないのに、思い出に残っているお宿って、ありませんか? フロントで大ゲンカした、そこで気があう人に出会ったなど、きっと誰にも忘れられないお宿があると思います。私の場合、93年頃に泊まった新疆ウイグル自治区のトルファン賓館が思い出のお宿です。新疆ウイグル自治区は、西安からローマまで続く中国内のシルクロードに位置しています。トルファン賓館があるトルファンは盆地で、夏の気温が40度を越える日が続く非常に暑いところです。それでも火焔山や交河故城など、観光地も多いので、世界中からバックパッカーが集まっていました。

ベッドも悪く、トイレ、シャワーも汚く、設備はいまいちでしたが、超人気宿でした ベッドも悪く、トイレ、シャワーも汚く、設備はいまいちでしたが、超人気宿でした

90年代、2000年代前半の中国安宿事情

最近の中国の安宿事情は、2000年頃までと違い、とにかく恵まれています。内陸部でも観光地なら「中国国際青年旅舎」と呼ばれるユースホステルが充実しています。90年代、2000年代前半は、そうではありませんでした。今もですが、外国人は自由にホテルを選べません。当時、外国人が泊まれて、ドミトリーのような安い部屋があるホテルというと、トルファンのような観光地でも数軒しかありませんでした。そうなると人気のお宿にバックパッカーが集中します。それがトルファン賓館でした。

90年代のトルファン賓館では、えこひいきがあった!

今は、中国のどこに行っても韓国人や中国人旅行者が多いですが、2000年代前半頃は、個人で旅行をしている中国人の若い旅行者はいませんでした。韓国人も少なく、アジア系の旅行者と言うと、日本人か台湾人、香港人ぐらいでした。一番人数が多いのが、日本人です。トルファン賓館は、トイレ、シャワー付きの3、4人部屋とトイレ、シャワーが外にある大型ドミトリーがありました。トルファン賓館のフロントは、欧米人旅行者は、トイレ、シャワー付きのいい部屋に泊まらせ、日本人は条件の悪い大型ドミトリーに押し込めます。でも、この大型ドミトリーがとても楽しかったのです。

日本人が押し込められた部屋とは?

簡易ベッドが10いくつも並ぶ大きな部屋は、扇風機が回りっぱなし。全然、冷えないエアコンもスイッチが入ったまま。ベッドの上にも床にも荷物が散乱し、部屋には、常にだらしない雰囲気が漂っていました。少数民族のウイグル族の太ったおばさんが掃除に来ますが、きびきび働く習慣がないのか、そうじは適当でした。ほとんどが日本人の汚い部屋は、常ににぎやかで、いろんな出会いがありました。その中で、ぶすっとしたウイグル族のおばさんが「あ〜あ、早く夏が終わって(旅行者がいなくなるので)、静かにならないかしら」みたいな顔をしていたのが、なぜか忘れられません。あなたの思い出のお宿はどこですか?