重慶のモノレールや鉄道の駅前に棒を持って立っている人たち

18年ぶりの重慶! 信じられないほど多くの高層ビルが立ち並び、以前の重慶とは全く違う町になっていました。「あの人たちは、今もいるんだろうか」と思いつつ、モノレールを降りると、出口の真ん前にあの人たちは立っていました。太い竹の棒と縄だけを持って、お客を待っているその人たちのことを「棒棒(バンバン)」と言います。中国の西南部に位置する重慶市でだけ見られる職業です。「山城」と呼ばれる重慶は、平地が少なく、坂が多い町です。高低差の多い通りと通りを結ぶのは階段です。そのため荷物を運ぶ時は、バイクや車よりも人力に頼ったほうが便利でした。その役割を担ったのが棒棒です。

坂道と石段の町、重慶では、右端の男性のように巨大な荷物を運ぶ男性の姿をよくみかけます 坂道と石段の町、重慶では、右端の男性のように巨大な荷物を運ぶ男性の姿をよくみかけます

小柄なのにとにかく信じられないほど力持ち

棒棒の仕事は、荷物を運ぶことです。都市の発展とともに社会もかわり、棒棒もかなり少なくなったと聞いていましたが、2016年の11月頃は、まだ見かけました。中国の検索サイトで棒棒を調べてみると「カオ(告の下に非)一根棒子生存的人」と書かれています。「一本の棒によって生存する人」という意味です。棒棒は、小柄な人が多いのですが、自分の体よりもかなり大きな荷物を担いで、階段を上り下りしています。25〜35キロの荷物を担ぐとも言われているだけに、荷物が歩いているように見えます。精一杯の重さの荷物を持ち、階段を上り下りしているので、呼吸に注意し、おなかに力をいれている様子がよくわかります。

モノレール6号線「小什字」周辺は、服や小物類の問屋街。棒棒が集まっている地区です モノレール6号線「小什字」周辺は、服や小物類の問屋街。棒棒が集まっている地区です

棒棒の仕事はいつから始まり、最盛期はいつ?

棒棒は、70年前、重慶のシンボルとも言われる解放碑がなかった頃には、もうすでに存在していたと言われています。最盛期と言われるのは、90年代です。中国政府が改革解放路線をとり、重慶市も建設ラッシュにわいていた頃です。その頃は、重慶周辺の町や村から出稼ぎにやってきた棒棒の数が、40万人を超えていたと言われています。2000年代に入り、棒棒の数も減り、現在では8割以上の棒棒が50歳を超えているそうです。50歳をすぎてあのお仕事は、きつい。現在では、路上であてもなく仕事を待つのではなく、携帯電話で連絡を取り、雇い主のところに荷物を取りにいく、運んでいくという仕事が増えていると言われていますが、きつい仕事にはかわりありません。

棒棒に実際、荷物を運んでもらうとどれぐらい?

棒棒に仕事をお願いした時の代金は、2015年の時点で25キロの荷物を2キロの距離を運んでもらうとして、10元(約160円)。月収は、2000元前後(約3万円前後)と言われています。麺の値段でその都市の物価を測るなら、重慶は北京よりも物価が高い町です。誰が見てもきれいではない小さな食堂の麺が、100グラムの中碗で12〜15元(約192〜240円)です。しかも12元の店はかなり少ないです。北京ならこぎれいな店で中碗の麺が12元ぐらい。重慶は大都市なので、もちろん家賃もそれなりです。棒棒は、3、4名で一間の部屋を借りています。こんな安い部屋も再開発でなくなり、仕事も減っている棒棒は、消えていく職業だと言われています。重慶の発展とともにあった棒棒は、重慶の歴史の一部でしょう。将来、棒棒という職業がなくなっても、その存在が歴史の記憶の中に残されることを願っています。

高層ビルの手前に見える古い家屋があるあたりは「十八梯」と呼ばれる地区。多くの棒棒が住んでいたことで知られています 高層ビルの手前に見える古い家屋があるあたりは「十八梯」と呼ばれる地区。多くの棒棒が住んでいたことで知られています