旅順大和ホテルは今、どうなっている?

前編からの続きです。旅順と言えば、日露戦争の激戦地! 思い入れがある日本人のお年寄りが多い観光地でもあり、毎年、多くの日本人が訪れます。私もそのひとりですが、旅順って、予想以上に見るところが多く、午後は超ハードな日程になりそうです。5路バスの文化街で降りると、小さな広場にでます。広場の入り口にたっている旅社が、満鉄が経営した旧旅順大和ホテルです。1927年に「男装の麗人」と呼ばれた川島芳子が結婚式をあげたほどのホテルですが、大連や瀋陽の風格ある大和ホテルと違い、現在は安宿になっています。その向かいにある白と黄色のコロニアルな建物は、旅順高等公学校旧址です。

格式ある大和ホテルも改装され、3階より上の装飾がなくなり、現在の姿になった 格式ある大和ホテルも改装され、3階より上の装飾がなくなり、現在の姿になった

今も残っている旅順の日本人住宅

この旧大和ホテルから旅順博物館は徒歩5分ほどのところです。ここはもともと1917年に建てられた旧関東庁博物館です。京都の西本願寺の住職だった大谷光瑞氏が集めたコレクションが展示されています。展示品は、大谷コレクションと言われる西域の仏教関連のものが中心で、新疆ウイグル自治区のトルファンで発見されたミイラもあるぐらいです。旅順博物館の周辺には、旧日本人住宅も集まっています。大連の旧日本人住宅は一部、スラム化していますが、旅順では一軒家が多く、今も大切に住まわれています。家はそこに住む人が丁寧に使ってくれたら、100年ぐらいは余裕で持つんですね。

旅順駅と白玉山観光はセットで行こう!

このあとは徒歩15分かけて旅順駅に向かいます。現在は、使われていない旅順駅は、緑色の屋根のロシア風建築の駅舎です。緑の屋根とクリーム色の壁の建物は、かわいらしく、おもちゃのような雰囲気です。線路からホームに入って写真を撮っていると、旅順駅の人に怒られたので、即、外にでます。お次は白玉山観光です。130メートルの山ですが、山頂には白玉山塔が建っています。これは日露戦争の勝利を記念して、東郷平八郎と乃木希典の発案で、日露戦争の戦死者を追悼するために建てた塔です。塔には登れませんが、山頂の広場から大連港を一望できます。ここから203高地や最後に行くロシア軍要塞の位置を確かめるのが、おすすめの楽しみ方です。

ロシア軍の要塞跡はおすすめ!

最後は、東鶏冠山北堡塁です。ここはロシア軍防御要塞跡です。旅順観光は、路線バスでまわれますが、ここだけはタクシーで行かなくてはいけません。東鶏冠山北堡塁はロシア軍の要塞だけあって、洞窟の天井の高さに驚きます。日本軍なら背が低いので、天井がもっと低かったはずです。洞窟の壁には銃弾跡が無数に残り、戦闘の激しさが伝わってくるようです。この後、慌てて旅順バスターミナルに戻り、午後6時発の大連行きバスに乗りました。ああ、忙しかった。こんなに急いでも行けなかったところがあります。旅順日帰り観光は、のんびり見てたら、まわれません! テキパキまわりましょう!