大都会すぎて、いまひとつ人気がない広州

広東省広州は、香港にも近い中国南部の経済の中心です。大都会すぎて、観光に行くところではないようなイメージがあります。「食は広州にあり」で有名な美食の町なのに、旅行者は意外と少ないところです。確かに広州は大都会ですが、越州区や茘湾区には「騎楼」と呼ばれるどこか洋風建築の街並みがしっかり残っています。その中にはレトロなごはん屋さんや骨董品街があったりと、街歩きがとても楽しいところです。しかも郊外には昔ながらの街並みを留める古鎮が数多く残っています。その中で、一番有名なのが「黄埔村」です。

広州からの日帰り旅行! 日本人が暮らした黄埔村 広州からの日帰り旅行! 日本人が暮らした黄埔村

清朝の貿易と関係がある黄埔村の歴史

黄埔村は海珠区の西にあります。黄埔村の歴史は1685年、康煕帝が鎖国をやめ、海外と貿易を始めたことに始まります。まず、浙江、江蘇、福建、広東省の4つの港が開かれました。1757年になると、清朝政府は「一口通商」という方針に変えました。外国船は全て黄埔の埠頭にいかりをおろす必要があり、中国内で自由に貿易をすることが禁止されました。1840年になると広州の黄埔以外の港が閉鎖され、外国船は黄埔醤園埠頭に集まり、黄埔には黄埔税関が作られました。これによって小さな集落だった黄埔村が一気に大きな村に発展していきました。

黄埔村に伝わる日本人の物語

黄埔村の有力者は羅、胡、梁、馮の姓を持つ商人です。黄埔村観光はこの4姓の祖廟を中心にした古い街並み巡りです。村には石畳がしかれ、横からみると突起のような形をした屋根を持つ煉瓦づくりのお屋敷が並んでいます。興味深いのは「日本楼」です。日本楼には物語があります。1900年、日本に留学した馮作平氏が日本の女性と結婚しました。日本人には信じがたい話ですが、その女性は当時の天皇陛下にかなり近い皇族だと現地では伝えられています。ふたりの長男、馮国洪氏も日本に留学し、中野朝野という日本人女性と結婚しました。このふたりが1941年に移り住んだのが日本楼です。瓦屋根に煉瓦造りの洋館は全く、日本っぽくはないのですが、日本人は要チェックです。

意外と近くて、簡単に行ける黄埔村

他にも歴史陳列館や黄埔古港遺址などの見どころがあります。池の前に建つ胡氏宗廟は雰囲気が良く、必見です。黄埔村は広州中心部から簡単に行ける日帰り旅行スポットとして人気があります。中には名物料理が食べられる食堂もそろっています。いちおしは、しょうがたっぷりの「姜撞奶(ジャンジュアンナイ)」です。すっきりしょうが味の牛乳プリンをおやつにぜひ! 2012年頃、黄埔村は大規模な修復工事をして、綺麗になりすぎていました。今はそろそろくたびれ感がでている頃です。広州に行ったなら、日帰りで黄埔村に行ってみませんか? 行き方は地下鉄8号線「万勝園」駅C出口下車、黄埔技術工学校バス停より、137路もしくは262路バスで「黄埔村」まではたった二駅です。