桂林から片道1時間で行ける大墟古鎮

片道1時間ぐらいの日帰り旅行が楽しい町って、あるようでなかなか見つかりません。片道2時間となると移動がちょっと大変なので、1時間ぐらいがちょうどいいんです。今回、私が行って来たのは、広西壮族自治区の北部にある桂林から片道1時間の「大墟古鎮(ダーシーグージェン)」です。桂林は、風光明媚なところには違いないですが、郊外の見どころが充実していません。しかし桂林から23キロ離れたところにある大墟古鎮は、まさに日帰り旅行にぴったりの距離です。しかも規模がそこそこ大きく、少数民族文化も見られるめったにない大当たり古鎮でした。

大墟古鎮は、漓江の東岸にあります。13もの埠頭が残っており、ここから漓江下りも楽しめます 大墟古鎮は、漓江の東岸にあります。13もの埠頭が残っており、ここから漓江下りも楽しめます

1800年以上の歴史がある大墟古鎮とは?

大墟古鎮は、桂林総合バスターミナルから冠岩行きバスか、三里店広場から大墟行きバスに乗って行きます。三里店広場からなら約40分ほどで大墟に到着です。バスを降りた場所から古鎮までは、徒歩10分ほど。大墟古鎮は、広西壮族自治区の四大古鎮のひとつで、桂林を北から南に流れる漓江の東岸にあり、13もの埠頭があり、様々な商品の集積地として栄えたところです。「墟」とは、市を表す、この地方の言葉。大墟には、西暦200年にはすでに集落はあったそうですが、北宋初年(960年)に村の建設が始まったと記録されています。その後、明清代を通して栄えますが、最盛期は民国時代です。その証拠に民国時代のすばらしい建物が残っています。

お天気が良いと万寿橋は、周辺住民のせんたくもの干しがわりになります お天気が良いと万寿橋は、周辺住民のせんたくもの干しがわりになります

手書き看板好きの人なら絶対、好きになる大墟古鎮の魅力

それが中華銀行の建物です。関帝廟と一体になった珍しい建物です。民国時代は、中国では、言論が自由で、日本の大正時代のようにモダンな時代と受け止められています。民国時代の建物は、欧米の建築を取り入れた欧風建築が多いのですが、中華銀行もその通りです。この建築もいいですが、そこに描かれているヘタウマの看板が本当にかわいいのです。90年代の中国では、手書きの味のある看板が数多く見られましたが、コンピューターの普及とともに消えて行きました。大墟の中華銀行に残っている個性的な彩色画は、ヘタウマの看板好きなら必見です。中華銀行はメインストーリートに面しており、清代の商店街も残っています。

中華銀行の建物に描かれた手書きの絵 中華銀行の建物に描かれた手書きの絵

万寿橋の周辺を歩いてみよう!

古鎮内には、万寿橋と呼ばれる緩やかな円を描いた橋があります。明代に建設されたと言われるこの橋は、光緒25(1899)年に修復されたものです。古鎮の南北を結ぶ橋ですが、今は住民たちが洗濯物を干す場所になっています。橋の周辺にはいくつもの門があり、太平門には日中戦争の記念碑も見られます。また、この辺りにはヤオ族も住んでいます。木造の商店街でショッキングピンクの民族衣装を着たヤオ族のおばあさんが、刺繍製品を作って売っていました。大墟古鎮は、桂林に近いわりには開発が進んでおらず、古い民家もかなり残っています。桂林に行った際は時間を作って、大墟古鎮に日帰り旅行に行ってみませんか! きっと気に入りますよ。

左に日中戦争の記念碑が残っている太平門 左に日中戦争の記念碑が残っている太平門