「清官村」とも呼ばれてる「江頭洲村」

「進士」や「知縣」と書かれた堂々たる扁額に思わず、目が釘付け。「扁額」とは門や居間など目立つところにかかっている額のことです。この立派な扁額があるのは、広西壮族自治区の桂林に近い江頭洲村です。明清代には、この村から100人を超える科挙の上位合格者である秀才を輩出しました。その多くが清廉な官僚となったので「清官村」とも呼ばれてます。江頭洲村は、中国南部の広西壮族自治区の桂林から約32キロ離れた山中にあります。桂林は、水墨画の世界が広がる世界的な景勝地です。何度も行ったことがありますが、カルスト地形が生み出した桃源郷のような風景を楽しんだら、即、陽朔に移動していました。桂林って、実は周辺におもしろい古鎮や古城が集まっているところ。江頭洲村もその一つです。

池の前には、村の名士の家が並んでいる。池に面した場所に祠堂が並んでいる村は、広東省や広西壮族自治区ではよく見られる 池の前には、村の名士の家が並んでいる。池に面した場所に祠堂が並んでいる村は、広東省や広西壮族自治区ではよく見られる

江頭州村の始まりとは?

江頭洲村は、桂林の北側にある霊川県中心部からバスで約1時間のところにあります。北宋の著名な文学者であり、「愛蓮説」を書いた周敦頤の子孫が明代弘治年間に湖南省から移り住みました。周姓の子孫は皆、蓮を好み、蓮を植えたので「愛蓮家族」とも呼ばれています。村の入り口には、立派な祠がありますが、その名前も「愛蓮祠堂」です。私が江頭洲村を訪れたのは、2018年12月。中国南部なのに気温がたった3度と言う異常に寒い日でした。池に蓮の花は見られませんでしたが、江頭洲村の古民居では、蓮を使った扉や窓の装飾が目につきました。蓮への思い入れが半端ではないのです。

愛蓮祠堂。江頭洲村は、中国国家文物保護単位の認定を受けており、愛国主義教育基地にもなっている 愛蓮祠堂。江頭洲村は、中国国家文物保護単位の認定を受けており、愛国主義教育基地にもなっている

江頭洲村の立派な扁額が示しているものとは?

江頭洲村には、100軒もの明清代の古民居が残っていると言われており、煉瓦造りの民居は迷路のような細い道でつながっています。北から南に向かって建てられた民居の門の上に扁額がかかっているのですが、これが本当に見ごたえあり! 皇帝から賜った扁額は、五代知縣、監生、知州、按察使、太史第などなど。これらは、どれも官職名です。五代知縣なんて、「五代も続けて知縣(県知事のような役職)が出た名家です」と説明しているようなもの。官職ではなく、科挙の高位合格者をさす「進士」の扁額がかかった民居もあります。

按察使とは、古代の官位の一つ。地方を巡視した官吏のこと。 按察使とは、古代の官位の一つ。地方を巡視した官吏のこと。

江頭州村でしっかり見たいところとは?

また、愛蓮祠堂の前には、字厨塔と呼ばれる小さな塔があります。これは印刷物を焼くための塔です。文字が書かれた紙は、貴重なものと考えられていたので、捨てずにこの塔の中で焼きました。江頭洲村って、蓮の装飾と言い、広西壮族自治区のような鄙にありながら、本当に風雅なところです。蓮を好んだ周一族は、泥の中に咲いても清らかな蓮のようにありたいと清廉潔白な官僚の道を進んだのではないかと思います。桂林観光と言えば、漓江下りとサイクリングがメインですが、時間があれば、日帰りで充分楽しめる江頭洲村にも足をのばしてみませんか!

江頭洲村へは、桂林中心部から301か306路で「潭下路口」下車。「九屋」行きに乗換え、終点下車。下車後、江頭洲村へは徒歩約1キロ。桂林から九屋までは、約2時間 江頭洲村へは、桂林中心部から301か306路で「潭下路口」下車。「九屋」行きに乗換え、終点下車。下車後、江頭洲村へは徒歩約1キロ。桂林から九屋までは、約2時間