バスターミナルで聞いてもわからなかった迪塘村

「迪塘村? 知らない」、「迪塘村? 油塘村なら知っている。間違っているんじゃない?」。バスターミナルでこんな風に言われたら、もうお手上げ。私が行きたいのは、迪塘村です。迪塘村は、中国西南部の広西壮族自治区の観光地、桂林に近い古い村です。中国の検索サイト「百度」で調べると、ちゃんと出てきます。明清代の建築物とアジアと西洋が入り混じった建築物がある、小さいながら面白そうな村です。雰囲気がある楼閣があり、実物を見たくなってしまいました。でも、迪塘村がある霊川県のバスターミナルで聞いても、誰も行き方を知らないという最悪の状況です。そんなに誰も行かないところなのでしょうか?

迪塘村の入り口に建っている祖廟。李氏の祖廟と思われる 迪塘村の入り口に建っている祖廟。李氏の祖廟と思われる

蘭田から迪塘村への困難な道のり

「(迪塘村が属している)蘭田行きのバスの運転手に聞いてみたら?」と言ってくれた運転手さんの言う通りでした。蘭田行きの運転手さんが「正義路口で降りるのが一番近いよ」と教えてくれました。蘭田行きのバスは、20分に1本ほどあります。蘭田行きのバスに飛び乗り、「これでやっと行ける」と思っていたら、甘かったようです。正儀路口でバスを降りると、目に飛び込んできたのは、「迪塘村まで4キロ」の標識。一番近い距離が、4キロだったなんて! 蘭田から霊川に戻る最終バスが午後5時半。それに間に合うようにバスを降りた三叉路に戻る必要があります。小走りで迪塘村を目指して走っていると、バイクが停まってくれました。

道路沿いにたつ、馬頭壁と呼ばれる防火壁が特徴の古民居 道路沿いにたつ、馬頭壁と呼ばれる防火壁が特徴の古民居

迪塘村出身の李膺品とは、どんな人物?

親切な村人に乗せてもらったバイクからネットで見た歴史建築が見えてきました。あっと言う間に迪塘村に到着! 迪塘村は、現在約140戸、約600人が住んでいます。迪塘村出身の歴史上の有名人は、明朝に仕え、兵部左侍郎の官職にあった李膺品です。明朝末期、清兵が攻め込んで来た時も降伏せず、明朝滅亡後も南明唐王朱氏を補佐し、最後まで抵抗した人物だと言われています。迪塘村には、約100もの明清代の建築物が残っています。道路から少し下がった場所にある「毓水培風」と書かれた石造の楼閣が目につきました。もともとは明代に建てられましたが、火事で焼け、現存するのはその後、修復されたものです。どことなく洋風でもあり、砲台のようにも見える、おもしろい建築物です。

迪塘村の東部にあるアジアと西洋がミックスされたような雰囲気 迪塘村の東部にあるアジアと西洋がミックスされたような雰囲気

小さい村ながら歴史建築が充実!

毓水培風と書かれた楼閣と同じぐらい目立っているのは、2階にアーチ型の装飾がほどこされた古民居です。これもどこか洋風で明清代の建築物が多い村の中では、異色の存在です。石畳の道を奥に向かっていくと、麒麟(?)が彫られた石橋があり、これも数百年の歴史がありそうです。村の入り口には馬頭壁(防火壁)が立派な祠堂もあります。ただ、迪塘村がマイナーな場所だけに、毓水培風と書かれた楼閣にしか説明の標識がないのが残念。でも、石橋や石畳が敷かれた通り沿いの古民居と言い、見ごたえは十分ありました。桂林〜霊川、霊川〜蘭田はバスの本数も多く、桂林から余裕で日帰りで行けます。中国の建築に興味があれば、桂林に行った際に迪塘村にも足を延ばしてみませんか!

迪塘村には、桂林〜正義行きのバスがある。このバスに乗れば、迪塘村の真ん前で降りることができるが、本数が少ない。正義路口から迪塘村に向かって、歩いている時に運よく来たら、乗るのがいい 迪塘村には、桂林〜正義行きのバスがある。このバスに乗れば、迪塘村の真ん前で降りることができるが、本数が少ない。正義路口から迪塘村に向かって、歩いている時に運よく来たら、乗るのがいい