広州から近くて、見どころいっぱいの賀州

「賀州(フージョウ)」と聞いて、すぐ場所がわかる人は、かなりの中国通です。日本のガイドブックではほとんど紹介されていませんが、町の歴史は古く、臨賀故城や江家圍屋など名所旧跡も充実。何よりカルスト地形特有の桂林のような風景が、市内中心部で楽しめます。賀州っていいところかもしれないけど、遠そうだなと思いません? しかし2014年12月に、広州と広西壮族自治区の桂林を結ぶ高速鉄道が開通しました。賀州は、広州から桂林のちょうど中間あたりに位置しています。なので高速鉄道を使えば、広州からたった1時間30分で賀州に到着! しかも高速鉄道は、1日に40本以上もあります。賀州って、簡単に行って楽しめる穴場の町なのです。

賀州市内中心部。いくつもの山がある風景が桂林に似ています 賀州市内中心部。いくつもの山がある風景が桂林に似ています

富川周辺で最も有名な秀水村に行ってみよう!

その賀州の北に「富川(フーチュアン)」という県があります。富川は小さな県ですが、清代に科挙試験の1位合格者の「状元(ジャンユェン)」や最終試験合格者の「進士(ジンシー)」が何人も出た村があります。こんな田舎町から、どうして優秀な人材が数多く輩出されたのか? とっても不思議です。そこに興味があって、富川に行ってきました。賀州から富川は、15分に1本あるミニバスに乗れば、約40分で到着です。その状元を輩出した村というのが、「秀水村(シュウシュイツン)」です。秀水村へは、富川から橋東行きのバスに乗り、終点の橋東で降ります。そこから約2キロ東に進めば、秀水村に到着です。村の入り口に立つと、思わず、はっとする風景が広がっていました。

秀峰山のふもとに作られたのが秀水村。広西壮族自治区では、こんな形の良い山の麓に村ができているところが数多くあります 秀峰山のふもとに作られたのが秀水村。広西壮族自治区では、こんな形の良い山の麓に村ができているところが数多くあります

唐代に建設が始まった秀水村とは?

目が釘付けになるのは、秀峰山と呼ばれる形の良い山です。秀水村は、この山のふもとに広がっています。秀峰山には、村の守り神のような感じすら漂い、見るからに縁起が良さそうな村です。この秀峰山の前に建てられているのが、毛氏祖廟です。富川県誌によると、唐代から清代まで133名もの進士が富川県から出ましたが、そのうち27名が秀水村出身者だそうです。秀水村は、唐代に建設が始まったので、すでに1300年以上の歴史がある古い村です。進士出身の毛衷氏が、賀州知事を務め終えた後も都に戻らず、この地に住みつきました。それが秀水村の始まりだと言われています。

毛氏祖廟の中は、蓮の花が咲き乱れていました 毛氏祖廟の中は、蓮の花が咲き乱れていました

秀水村から多くの科挙試験の進士合格者が出た理由

富川は、始皇帝の時代から新道と呼ばれる街道筋に位置していました。時代が下ると、海のシルクロードにも属していました。今ではすっかり田舎町になってしまいましたが、富川は秦代以降ずっと交通の要衝にあり、貿易も盛んなところでした。人の往来が盛んな土地は、多くの優秀な人材が現れます。その上、進士出身の毛氏が富川に根を下ろし、子孫の教育に力を入れたとなると、この村から多くの紳士合格者が出たことに納得です。毛氏祖廟を参観したら、村を歩きまわってみましょう。剃りあがった屋根が美しい舞台や古民家が残っています。賀州に行ったらちょっと頑張って、富川の秀水村まで足をのばしてみませんか!

さすが! 数多くの進士を輩出した村です。「進士」の二文字が思いっきり強調されています さすが! 数多くの進士を輩出した村です。「進士」の二文字が思いっきり強調されています