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おすすめ! 広西壮族自治区の賀州から、土地の神様に守られた福渓村に行ってみよう!


掲載日:2017/09/21 テーマ:観光地・名所 行き先: 中国 / 賀州

タグ: 一度は行きたい 穴場 史跡 素晴らしい 歴史


穴場? 広西壮族自治区賀州から福川県に行ってみよう!

福渓村の入り口。橋東鎮から6キロぐらいのところにあります 福渓村の入り口。橋東鎮から6キロぐらいのところにあります

この村は、少数民族のヤオ族の村だと調べてきましたが、全然、そう見えません。中国の少数民族の村は、良く言えば素朴ですが、悪く言えば漢民族の村に比べて建物が簡素で見劣りします。ヤオ族は、山岳地帯に住んでいます。山岳地帯に住んでいる民族の家は、特にシンプルです。ところが今日、訪れた村は、どう見ても立派な漢民族の村です。私が訪れたのは「福渓村」と言う、人口1600人あまりの古い村です。広西壮族自治区の観光地と言えば、桂林が有名ですよね。しかしあまり知られていませんが、東部にある賀州も名所旧跡に恵まれた歴史の町です。福渓村はその賀州市北部にある富川県の中心部から、さらに40分ほど奥まった橋東鎮にあります。

福渓村の近くにある状元を輩出した村

かつての村のメインストリート。かつては様々な店舗が並んでいたようですが、現在は、ほとんどが商売をしていません かつての村のメインストリート。かつては様々な店舗が並んでいたようですが、現在は、ほとんどが商売をしていません

福川県橋東鎮には、福渓村よりも有名な村があります。秀水村です。個人的には、福渓村のほうが趣きがあって好きなのですが、福渓村の知名度は、秀水村に負けています。秀水村は、唐代から清代にかけて科挙の1位合格者の状元や最終試験合格者の進士も数多く輩出した村です。福渓村は5名の進士を輩出し、高級官僚も出ましたが、状元はいません。バイクタクシーで村に着いたとき、真っ先に家の前を流れる水路が目につきました。村の名前にもなっている福渓は、霊性があると言われる小さな小川で、もともとは沱渓と呼ばれていました。その後、福渓と呼ばれるようになったそうです。

福渓村のシンボルとも言ってもいい珍しいもの

「村を歩けば、生根石にあたる」と言ってもいいほど、生根石が残っています 「村を歩けば、生根石にあたる」と言ってもいいほど、生根石が残っています

水路が張り巡らされた村を歩いていると、あちこちに大きな岩があります。民家の入り口や村の通り道で存在感をはなっているこの岩は、「生根石」と呼ばれ、村の守り神と言われています。となると、本当に多くの神様に守られた村ということになります。一際大きな生根石の向こうには、小さな風雨橋があります。風雨橋は、塔でもあり、亭でもあり、橋でもあると言われる中国南部でしか見られない珍しい橋です。雨の多い地方に多く、橋の上の廊下に当たる部分が必ず、長いすのようになっており、人が座ってくつろげるようになっています。風雨橋のすぐそばにあるのが、周氏祖廟です。

馬王廟の神座に彫られている村の守り神

馬王廟の神座。両脇に蛇の彫刻が見えます 馬王廟の神座。両脇に蛇の彫刻が見えます

周氏祖廟がある村の中心部から離れて、村の奥まったところにひっそりと建っているのは、霊渓廟です。五代十国時代の楚王の馬殷を祀っているので馬王廟とも呼ばれています。明代の永楽11(1413)年に建設が始まったので、600年以上もの歴史がある廟です。石でできた中央の神座には、つがいに見える二匹の蛇が彫られています。村に恵みをもたらす福渓に住んでいる蛇なのかもしれません。福渓村は、生根石といい、馬王廟の蛇といい、村の守り神を大切にしていることが伺えます。こんな神秘的な村は、ありそうでなかなか出会えません。桂林や広州から賀州に寄る機会があれば、そこからちょっと足を延ばして福渓村に行ってみませんか?

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2017/09/21)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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