相手の名前を漢字で書いてあげる

確かに26文字ですむアルファベットに比べたら、漢字の数は天文学的な数字に思えますよね。今では欧米でも漢字は珍しくないのでしょうが、それでも彼らの目の前で漢字を書くと、尊敬のまなざしを受けます。旅行中、コミュニケーション手段のひとつとして、適当な当て字で彼らの名前を書いてあげていました。エドワードなら「江戸輪亜怒」とか、アンドリューなら「安藤龍」とかなるべく画数が多くて、難しそうなものが喜ばれました。さらに漢字のちょっとした意味も教えてあげると、うれしそうでしたよ。調子に乗って、ひらがなで、カタカナで、といろいろ書いてあげたりもしました。この「相手の名前を漢字(やカタカナ)で書く」というコミュニケーション方法は、移動中などお互いにヒマな時にかなり使えます。

やっぱり漢字は文字として難しい。しかし知っていることで、欧米と中国で役に立ったこと やっぱり漢字は文字として難しい。しかし知っていることで、欧米と中国で役に立ったこと

漢字が読めないと中国の旅は辛い

「漢字を知っていて良かった」と実感したのが、当たり前ですが中国での旅です。沿岸部の大都市をのぞけば、アルファベット表記は限られた場所にしかなく、どこもかしこも漢字だらけ。日本人なら別に漢字に慣れているので動じませんが、欧米人旅行者はかなり苦労していました。たとえば英語表記がないバスターミナルで、乗りたいバスを探すときなどですよね。こちらは読み方がわからなくても、地名の漢字ぐらいはわかります。新疆ウイグル自治区のカシュガルからバスに乗ったときのこと。バスを見つけるのに苦労したオランダ人が隣でした。彼に「あれは何て書いているんだい?」と道路標識を指差され、「あれはスピードの出し過ぎに注意という意味だよ」と答えただけですが、とても感心されました。まるで「マヤのピラミッドに書いてある象形文字をすらすら読み解いている学者」ぐらいの感じでした。

日本とは意味の異なる漢字もあるが

とはいえ、なまじ漢字が読めるだけに、意味をまちがえる事もあります。日本で使われている漢字の意味と異なる事が中国ではよくあるからです。「公共汽車」は列車ではなく「市バス」です。列車は中国では「火車」といいます。「手紙」は「トイレットペーパー」のこと。食堂のメニューに「湯(タン)」とあれば、お湯じゃなくてスープのことです。もっとも、だいたいの意味は日本と同じである事のほうが多いので、例外だけ覚えて行けばいいだけで、それほど困る事はありませんでした。別に中国語はできなくても、「漢字を知っているだけでもよかった」と思えることは、意外とあるものですよ。