新疆ウイグル自治区のカシュガルで、人生初、床に寝ました!

会議室のような部屋の床に、あまりきれいではないマットと言おうか、毛布が敷かれただけの部屋。こんな部屋に10人以上の外国人が雑魚寝していました。20年以上前の90年代、若い時に泊まれたお宿です。これは新疆ウイグル自治区の西の端、カシュガルの「色満賓館(スーマンビングァン)です。新疆ウイグル自治区は、中国の真ん中よりやや東に位置する西安からローマまで続くシルクロードに位置しています。中国の一番西にある新疆ウイグル自治区の中で西にあるカシュガルは、パキスタンに近く、古くから文明の十字路として栄えてきた古都です。

90年代は多くのバックパッカーが泊まった色満賓館 90年代は多くのバックパッカーが泊まった色満賓館

雑魚寝が懐かしい思い出の色満飯店のドミトリー!

中国は、今もですが、外国人が泊まることができるホテルは限られています。新疆ウイグル自治区に日本人旅行者が多かった90年代、カシュガルで外国人が泊まることができる安宿は、色満飯店と其尼瓦克(チニバク)賓館だけでした。其尼瓦克賓館は、旧イギリス領事館、色満飯店は、旧ロシア領事館だった建物を利用したホテルです。特に色満飯店は、コロンとしたドームが屋根の上にある建物といい、イスラム様式の装飾といい、異国情緒たっぷりのお宿でした。ドミトリーがあるのは、新館の会議室のようなところだったので、風情は微妙でした。でも、いろんな国の人と一緒に雑魚寝するのが、けっこう楽しくて、人気のお宿でした。

色満飯店で一番楽しかったこととは?

というのも、カシュガルには、これから国境を越えて、パキスタンに行き、さらに西を目指そうというひとり旅の旅行者が集まっていました。ヨーロッパのほうから陸路でやってきた旅行者もいます。両方の話を聞くことができたので、色満飯店のドミトリーは、ものすごく刺激的なお宿でした。また、当時は、中国の交通事情も悪く、高速鉄道なんてものはありません。新疆ウイグル自治区の首都、ウルムチからカシュガルまでの鉄道もなかった時代です。上海から鉄道で3泊4日かけてウルムチに行き、そこからさらにバスで2泊3日かけて到着するのがカシュガルでした。しかもこのバスが故障続き! たどり着くまでが、あまりにも大変なので、カシュガルを簡単に出てしまうのは、もったいないと、長居をしてしまうところでした。

うるさかったロバの声すら今では懐かしい!

色満賓館のドミトリーで長居をしていると、問題がありました。ドミトリーがある棟は、色満路と西北路、夏馬勒巴格路が交わるロータリーに面しています。ここが、夜明け前からうるさ〜い! 近隣の農村から野菜を積んでやってくるロバ車の集合地だったのです。夜明け前になると、ロバの鳴き声が耳障りで耳障りで。2000年に入ると、カシュガル市内でロバ車や馬車を見ることは減ってきました。今では全面乗り入れ禁止なので、かつてのシルクロードらしい雰囲気も薄くなってしまいました。色満飯店は、もともとツアーも使うホテルです。ドミトリーを失くし、建物内部の改装を繰り返して営業していますが、外観は90年代のままです。変わりゆくカシュガルを見に行く時は、もう一度、色満飯店に泊まってみませんか!

現在の国際バザール。かつてはロバ車と場所で埋め尽くされた場所も今では車とバイクがメインになりました 現在の国際バザール。かつてはロバ車と場所で埋め尽くされた場所も今では車とバイクがメインになりました