中国各地に残っている「会館(ホイグァン)」

中国各地に「会館(ホイグァン)」と呼ばれるところがあります。湖広会館、山西会館、陝西会館などなど。中国の会館は、お寺風にも資産家の屋敷にも見える建物です。日本にも「会館」と呼ばれる建物があります。だから日本人には余計にわからないのです。中国の会館って、いったい何をしていたところ? 中国の古都、河南省洛陽の旧市街に「ルー(さんずいに路)澤会館」と呼ばれる建物があります。現在は、洛陽民俗博物館になっています。立派な建物ですが、訪れる観光客はまばらです。しかしここは、もしかしたら洛陽の穴場観光地かもしれません。

ルー澤会館。日本人にとっては、中国の伝統建築が、なぜ、「会館」と呼ばれるのかが一番わからないことかもしれない ルー澤会館。日本人にとっては、中国の伝統建築が、なぜ、「会館」と呼ばれるのかが一番わからないことかもしれない

洛陽にある二つの博物館、洛陽博物館とルー澤会館

洛陽には、もう一つ博物館があります。洛河を渡った開発区に建設された洛陽博物館です。建築面積が約6.2万平方メートルもある巨大博物館でもあり、現在はこちらが洛陽を代表する博物館になっています。にぎやかな旧市街のはずれにひっそりと建つ洛陽民俗博物館は、かつてのルー澤会館です。「ルー」は、河南省北部に接している山西省のルー安府、現在の長治です。「澤」は、澤州府、現在の晋州。この二つの地方の商人が出資して、清代の乾隆9(1744)年に建てたのがルー澤会館です。ルー澤会館は、主にルー安府と澤州府の商人の連絡場所であり、商品の集散地として使われてきました。晋商文化の結晶とも言える建物です。

2011年に完成した洛陽博物館。広大な敷地面積を要するため、開発区にポツンと建っている 2011年に完成した洛陽博物館。広大な敷地面積を要するため、開発区にポツンと建っている

ルー澤会館を建設した晋商とは?

晋商とは、山西省出身の商人のことです。中国でも最も古い商人と言われ、その歴史は、春秋戦国時代(紀元前770〜紀元前221)にまでさかのぼります。辛抱強く、用心深いけれど、チャンスをつかんだら、決して離さないことで知られています。安徽省の徽商と並んで、一大勢力です。中国各地の商人が建てた会館が今も残っていますが、晋商の会館と言えば、豪壮さで飛びぬけています。ルー澤会館も敷地面積が15249平方メートルにもなる広大な建物です。明清代の地方政府ともいえるような立派な会館は、中に入ると正面に石でできた獅子像が飛び込んできます。これは、明代末期、洛陽の福王府の正門に飾られていた獅子だと言われており、2000年代になって、洛陽の旧市街で発見された貴重なものです。

ルー澤会館の柱を支える石の彫刻も見事! ルー澤会館の柱を支える石の彫刻も見事!

ルー澤会館の楽しみ方

ルー澤会館の内部には、清代の貴人の衣装や装飾品、当時の生活が伺えるような家具が展示されています。120点もの木彫を含め、服飾、切り絵など、あわせて1897点! 服飾や刺繍、アクセサリーが好きな人には、たまらないところです。私は展示物に気をとられてしまい、建物をじっくり見るのを忘れてしまいました。2018年2月、中国のニュースサイト「今日頭条(今日のトップニュース)」で「洛陽の忘れられた古い建築群。入場料はかからないけれど、山西人に感謝しようね」と言う記事を読んで、ルー澤会館を知りました。ああ、もっとしっかり見学しておけば良かった。ルー澤会館は、穴場観光地のようなところ。洛陽に行ったら、ルー澤会館の外と中をじっくり見学するのをお忘れなく!

ルー澤会館内の展示。清代の上流階級の女性の衣装が中心。洛陽の中流階級の婚姻にまつわる展示もある ルー澤会館内の展示。清代の上流階級の女性の衣装が中心。洛陽の中流階級の婚姻にまつわる展示もある