「浦江飯店」は、90年代の旅人にとっては特別なお宿です!

学生時代や若い頃に行った海外自由旅行で泊まったお宿って、いつまでもはっきり覚えていませんか? 時々、「あそこは今、どうなっているのかなあ」なんて思いだすことがあります。90年代前半は、船で中国に行く人が少なくなかった時代です。鑑真号で上海に行く人は、フェリーターミナルにも近い「浦江飯店(プージャンファンティエン)」に泊まっていました。浦江飯店は、90年代に中国に行ったことがある人なら、特別な思い入れがあるホテルです。租界時代に今では考えられないようなの表示があったことで知られる外白渡橋の北側にあり、上海の顔というべき外灘にも近い超一等地にあるのが浦江飯店です。

90年の浦江飯店。当時は、ネット予約はもちろん電話予約もできませんでした 90年の浦江飯店。当時は、ネット予約はもちろん電話予約もできませんでした

上海は旅の始まりと終わりの街

かつて中国は、外国人が泊まることができるホテルは、限られていました。多くが高級ホテルばかりの中で、浦江飯店には、珍しくドミトリーがありました。4〜6人のこじんまりしたドミトリーが多いですが、浦江飯店のドミトリーは、20人以上と巨大でした。板張りの床、天井から床まである大きな窓がついたクラシックな部屋にベッドが20以上も並んでいて、まさに壮観! ここにいろんな国からやってきた旅行者が集まっていました。また、上海という場所は、これから西に向かう旅への出発点もあり、西から東に戻ってきた旅の終着点でもあります。上海ならではの旅のざわめきが、このレトロで雰囲気がいい部屋に詰まっていました。ああ、懐かしい。

90年の浦江飯店のドミトリー。もとは一流ホテルなので、ベッドがいいのが魅力でした 90年の浦江飯店のドミトリー。もとは一流ホテルなので、ベッドがいいのが魅力でした

どんどん悪い場所に移っていくドミトリー

浦江飯店は、上海で一番最初に開業したホテルです。1846年の開業当時は、「アスターホテル」と呼ばれていました。1846年と言えば、清朝末期の道光26年です。1980年代や90年代は、全体的に古びて安宿になってしまっていましたが、もともとは由緒正しき一流ホテルです。2000年に入ると、浦江飯店は、建物やその歴史にふさわしいホテルへと変わっていきました。道路沿いの大きな窓がある部屋にあったドミトリーが、どんどん奥まった場所に追いやられていき、2005年頃には、とうとう屋根裏部屋に移されてしまいました。2006年に入ると、この屋根裏部屋のドミトリーもなくなり、完全に安宿ではなくなりました。

2000年以降、改装されてきれいになりました。「夜の上海」という俳優の本木雅弘さんと中国の4大女優のひとり、ビッキー・チャオさんの映画のロケ地にもなりました 2000年以降、改装されてきれいになりました。「夜の上海」という俳優の本木雅弘さんと中国の4大女優のひとり、ビッキー・チャオさんの映画のロケ地にもなりました

あの「青春の宿」にもう一度!

現在、浦江飯店は、3つ星クラスのホテルです。チャップリンが泊まった部屋などは「名人房」と呼ばれ、特別価格ですが、スタンダードルームなら、1万円前後で泊まれす。浦江飯店は、ヘンテコな改修を重ねたクラシックホテルとは違います。木造の良さを今も保っている廊下やフロントはかつてのままです。フロントから階段をあがるとあるエレベーターも懐かしい雰囲気を保っています。おちついた木造の廊下を歩くと、ドミトリーに泊まっていた90年代がよみがえってくるようです。90年代に上海を訪れたことがある旅行者にとっては「青春の宿」です。浦江飯店に泊まるためだけに上海に行ってみるのは、どうですか?

2005年、私が最後に泊まったドミトリー。屋根裏の階段を登っていく部屋でした 2005年、私が最後に泊まったドミトリー。屋根裏の階段を登っていく部屋でした