バックパッカー御用達の上海のホテルが閉店!

つい最近、上海の浦江飯店(プージャンファンディアン)が、2017年12月31日をもって、閉店していたことを知りました。いつか、また泊まりに行きたいと思っていただけに、思わず呆然。初めての海外旅行で行った国、初めての自由旅行で泊ったホテルって、思い入れが全然違います。浦江飯店は、私の初海外自由旅行で泊ったホテルです。80年代の終わり、卒業旅行で中国に行きました。入り口は上海です。当時、バックパッカーが集まる上海の安宿と言えば、浦江飯店でした。中国大陸だけでなく、ここからヨーロッパを目指す人もいて、浦江飯店は「これから始まる」というワクワク感が満ちあふれているお宿でした。

2005年の浦江飯店。上海クラシックホテルを代表するホテルだっただけに惜しい 2005年の浦江飯店。上海クラシックホテルを代表するホテルだっただけに惜しい

輝かしい浦江飯店の歴史

浦江飯店は、1846年創業のクラシックホテル。1846年と言えば、清朝の道光26年です。当時は「礼査飯店」と呼ばれていましたが、これはリチャードホテルの中国名です。中国で最初の外資系ホテルでした。中国で最初の電灯がともったのも街頭映画が始まったのもここ。この頃の礼査飯店は、西洋の最新技術が入って来る窓口の役目も果たしていました。1907(光緒33)年、バロック様式に改築され、当時は上海で最も高級な外資系ホテルでした。こんな由緒正しき歴史があるクラシックなホテルが、80年代から90年代は、バックパッカーのたまり場宿だったのです。そこに泊まることができた旅行者は、本当に幸せです。

80年代末の浦江飯店のドミトリー。廊下にベッドを置いているところもあった 80年代末の浦江飯店のドミトリー。廊下にベッドを置いているところもあった

懐かしい浦江飯店の思い出

80年代末から90年代はじめ、浦江飯店のエレベーターには、エレベーター係りのおばちゃんがいました。乗ると、「何階?」と聞いてきます。時には、中でごはんを食べたりしていました。手動エレベーターなんて、初体験。ものすごくレトロで新鮮だったことを覚えています。閉店のニュースを知り、ふと、ウイキペディアの浦江飯店を読むと、衝撃の紹介文がかかれていました。「1900年前後は(省略)東洋一のホテルと称されたが、第二次世界大戦、文化大革命を経てその輝きを失い、20世紀の末にはバックパッカーのたまり場となる」、「2000年前後の浦江飯店の評価は、バックパッカーのお気に入りのホテルであり、・・・ダンスホールだけがかつての栄光の面影を残していた」。

2005年の浦江飯店のドミトリー。屋根裏部屋がドミトリーになっていた。この頃がドミトリーがあった最後の年 2005年の浦江飯店のドミトリー。屋根裏部屋がドミトリーになっていた。この頃がドミトリーがあった最後の年

安宿から3つ星ホテルに生まれ変わった浦江飯店

浦江飯店は、2002年の改修工事を経て、後に3つ星ホテルに生まれかわりました。その時、私は新婚旅行で浦江飯店に泊まりました。年季を感じる板張りの床と高い天井の部屋は、古さを大切にした、いいお部屋でした。いつかまた、泊まりに行きたいと思っているうちに、閉店のニュースを知ったわけです。一つだけ良かったことがあります。浦江飯店は、壊されるのではなく、証券博物館として、リニューアルオープンしています。もう泊まることはできませんが、豪華なロビーも学校のような雰囲気がある廊下もちゃんと残っています。もう一度、浦江飯店に行ってみませんか!

浦江飯店の廊下 浦江飯店の廊下