インターネットが普及以前の、“本当の”口コミの時代

今の20代の方にはピンと来ないでしょうが、インターネットが普及する以前、噂はネットを介してではなく、人から人へと口頭で伝えられていました。今でもネットに規制がある国では、政治的な話題であれば「口コミネットワーク」によって広まっています。私がひとり旅を始めた80年代後半から90年代半ばにかけて、旅人が集まる宿ではそうした噂話が盛んでした。ネットがない時代なので、夜は自分の部屋にいてもすることがありません。国や地域によっては、お酒を飲みに行く場所がなかったり、夜の外出が危険だったりします。だから、そんな時代は、旅人はロビーでグダグタと夜遅くまで話をしていたのです。

旅行者の間で昔から伝わる“旅の都市伝説”とは? その1 「試着室で消えた女性」 旅行者の間で昔から伝わる“旅の都市伝説”とは? その1 「試着室で消えた女性」

都市伝説である証拠は

さて、そんな中で、まことしやかに話されていた「本当にあった話」というものがあります。中には事実のものもありますが、たいていの話は「知り合いの知り合いが」という、いわゆる“都市伝説”です。それが証拠に、話題によっては20年経った今も、最近の出来事のように話されているようです。たぶん、こうした旅の都市伝説の発祥は1970年代ぐらいにさかのぼり、オリジナルの“主人公”は日本人ではなかった可能性があります。

古典的な旅の都市伝説「試着室で消えた女性」

もっとも起源が古く、有名な旅先での都市伝説は「試着室で消えた女性」でしょう。ある女性がどこかの町で試着室に入ります。連れの男性(夫、恋人、友人など)が外で待っていますが、いっこうに出てきません。男性が店員に聞いても、「そんな女性は見なかった」と答えられます。結局行方不明になったその女性は、のちにある場所で発見されます。その場所は…。というオチがついて、「外国は怖いね」ということになります。この起源は、今では1969年にフランスのオルレアン地方で起きたという事件から「オルレアンの噂」というタイトルで知られていますが、私が旅していた頃はそんな話は知るよしもありません。そしてその話の舞台も、オルレアンからパリやローマに変わり、私が聞いたときにはすでに“香港のブティック”になっていました。オルレアンでは行方不明になるのは「ユダヤ人経営のブティック」とされ、その根底には人々の“反ユダヤ主義”があったといいます。それが日本人の間で口コミで広がるころには、“得体の知らない外国”に対する怖れに変わっていったようです。(続く)