イギリス植民地時代、香港に伝わった数々のヨーロッパ文化

今や世界でも有数の文化発信地となっている「香港」ですが、イギリスの植民地だったということは、みなさんの記憶にも新しいのではないでしょうか? 1997年、イギリスから中国へ返還され、特別行政区に改編されたニュースは今でも覚えています。「100万ドルの夜景」で有名な「香港」ですが、ロンドン、ニューヨークと並ぶ世界三大金融センターとしても評価されており、多くの多国籍企業がひしめき合うアジアのビジネス拠点でもあります。そんな「香港」には、至る所にイギリス植民地時代を物語る史跡や文化が数多く残っています。今回は、その中でも紳士のスポーツとして「香港」に伝わった"競馬"について紹介したいと思います。

イギリスからアジアに伝わった紳士のスポーツ「香港競馬」 を楽しむ(その1) イギリスからアジアに伝わった紳士のスポーツ「香港競馬」 を楽しむ(その1)

本場イギリス仕込みの「香港競馬」

競馬が紳士のスポーツといわれる理由は、競馬発祥の地といわれるイギリスにあります。元来競馬は、貴族のスポーツ、娯楽としてイギリスを中心とするヨーロッパで発展してきました。ヨーロッパでは、「フットボールの次に人気がある」といわれている人気のスポーツでもあります。今でもイギリスのアスコット競馬場は王室の所有ですから、その時代背景がうかがい知れますね。さて、肝心の「香港競馬」ですが、イギリス植民地時代の1845年に、香港でポニーのレースを行ったのが「香港競馬」のはじまりといわれています。今も「香港競馬」に携わる人のほとんどが外国人で、騎手も調教師も海外からやってきています。そのためアジアにいながら、本場イギリス発祥の競馬の雰囲気を楽しめるといっても過言ではありません。

「香港競馬」の歴史

そんな香港競馬の歴史ですが、紆余曲折を経て、現在世界中のホースマンから注目される国際G1レースを開催できるまでに成長しました。1846年、香港初の競馬場となる「ハッピーバレー競馬場」が開設されて以来、香港最大のスポーツイベントとして定着しました。1884年には、こちらも香港初の競馬統括団体「香港ジョッキーズクラブ」が設立されました。中国では法律上賭博が禁止されているため、香港は賭博行為も含む競馬開催が行われる地域として、欧米人の他、アジア人の貴重な娯楽の場として確立されていきました。しかし、600人以上の死者を出す火災や第二次世界大戦などで壊滅的なダメージを負い、存続が危ぶまれた時期もあったのです。(その2へつづく)