2回目の電話、その結果は

冷静になってみれば、私の食い下がり方は明らかに常軌を逸していました。信者以外見学不可の宗教施設や、日本のお寺でも非公開の仏像やエリアなどはいくらでもあります。それなのに、“せっかくここまで来たのだから!”という意地を押し通してしまいました。「では建物の中には入らなくても、せめて外からだけでも見ることはできませんか?」返答はさらに冷たいものでした。「外からなら、予約など必要なくいくらでも道路から見られます。もう電話を切ってもいいですか。」相手の女性もうんざりしていたのでしょう。これは旅でよくやってしまう、間違ったエネルギーの使い方です。相手の感情を害するだけの、はた迷惑な行動力ですね。

行きたいことに理由は必要?香港、ユダヤ教の会堂「シナゴーグ」見学にトライ(その3) 行きたいことに理由は必要?香港、ユダヤ教の会堂「シナゴーグ」見学にトライ(その3)

最後にもう一度、直接出向いてみました

私は再びシナゴーグの隣のユダヤ人レジデンスに行ってみました。今度の警備員たちは、親切な若い例の人ではなく、やや年かさの人たちで、またまた同じ質問をくり返しました(あなたはユダヤ人か、香港在住か、見学したい理由は)。そして前回とまったく同じく、「また来なさい。この電話番号に電話をかけて、予約を入れるように。」と紙切れを渡され……しかし、書かれた番号は、前回とは違っていました。「前に来たときは、これを渡されました。」と前のメモを渡すと、年かさの警備員は非常に不思議そうな顔をして、「この中にその男はいますか?」と尋ねてきました。「いいえ、今日の人たちの中にはいません。」「ふーむ……」しばらくそこにいた警備員同士で話し合っていましたが、結局はなんの説明もされないままに、帰るしかありませんでした。さすがにもう引き揚げ時。これ以上しつこくして不審者と思われると後が大変です。門の外を歩いても、タクシーに乗り込むまでさりげなく警備員がついてくるのです。彼らにとって、私はよほどの闖入者だったのでしょう。

行動的であることと無鉄砲は別物

信者でもないのに、見学したい“理由”は何か――幾度も尋ねられた質問でした。建築を見るのが好きだから、宗教的な場所へ行くのが好きだから。そんなことは、旅行者の一方的な気持ちの押しつけであり、相手の宗教感情に配慮しているつもりでも迷惑なこともままあるのです。コスモポリス香港の、ふだん触れることのない一面を体験したことは、旅行者としてはよかったと思います。警備員たちはインドから北アフリカにかけての人種のような顔立ちをしていたし、キッパを頭に載せた敬虔なユダヤ人が暮らしている地域を垣間見ることもできました。しかし私の行動は無鉄砲で図々しいことでした。もしあなたが、宗教施設に興味を持っているなら、私のような浅はかな行動力を発揮する前に、“理由”を一考してみてください。