九龍城砦に行ったことがありますか?

香港の歴史をふりかえるとき、「九龍城砦」を思い起こす人は多いでしょう。かつて「悪の巣窟」「東洋のカスバ」とも呼ばれた、巨大スラム街です。1993年に取り壊され、その後は広大な公園となりました。昔の九龍城砦へ行ったことのある人は、今や香港の一時代を見た生き証人ですね。しかし、当時の九龍城砦に行かれなかった人でも、「九龍塞城公園」へ行けば、そんな混沌としたかつての「魔窟」の雰囲気を、ほんのちょっとだけでも味わうことができますよ!

九龍城砦のジオラマ。それ自体が生き物のようです 九龍城砦のジオラマ。それ自体が生き物のようです

九龍城砦の成り立ちとは

九龍城砦は、中国の宋の時代に造られた砦だった場所です。1898年、香港がイギリスの租借地となったとき、この城砦だけが租借地から外れて中国の飛び地となりました。しかし、中国、イギリス両国の管理の手が届かないのをいいことに、徐々に無法地帯となっていきます。無謀で無計画な建て増しに次ぐ建て増しにより、ピーク時には5万人が住み着いていたといいます。劣悪を極めた環境のもとで、無免許医師や売春宿、麻薬売買、衛生法を無視した食品製造業者など、なんでもありのカオスな巨大ビル群となってしまいました。

やがて旅行者からは見向きもされなくなりました

さまざまな悪の温床でもありながら、昔の旅行者にとっては「九龍城砦」というのはある種の伝説でもありました。腐臭を放つ危険地帯は、旅人には恐怖とともにロマンや憧れも感じる存在だったのです。取り壊しは多くの旅行者に惜しまれました。1996年、すっかりきれいに整備された公園がオープンしたという噂は、旅行者の間では嘆息とともに語られることとなり、やがて、「魔窟」の見る影もなくなったそんなところへ、わざわざ足を運ぶ外国人旅行者は激減していくのです。

駆け足でまわればただの公園、しかし……

池や東屋の点在する、のどかな中国式庭園を散歩するのは、たしかにゆったりした気分にはなりますが、エキサイティングとは言いかねます。「ここが、あの九龍城砦だった」と感じさせる雰囲気が全然ないからです。しかし! 実はそこここに、魔窟時代のモニュメントは残っているんですよ。旅行者の口コミでは「ただの公園でがっかりした」という人がいますが、時間をたっぷりとって丹念に歩いてみれば、歴史の一端に触れることができます。魔窟の遺構を探しに行きましょう!(後編に続く)