インド建築とイスラム建築が融合した建物

ファテープル・スィクリーでは、従来のインドの建築と、中央アジアやペルシャからもたらされたイスラム建築の融合した姿が見られます。現在では赤砂岩の石造の部分しか残っていませんが、かつては木造部分や布もあり、今のようなモノトーンではなかったようです。インドの建築らしさを残すのが、建物の屋根に突き出たひさしです。もともと木造建築にあったものを、石造で再現したと言われています。宮廷地区にはいくつもの印象的な建物がありますが、なかでも目を引くのが五層の建物の「パーンチ・マハル」です。5階建てですが、「壁」というものがなく、すべて柱と梁で構成されています。風通しが良く、展望台の役目も果たしていたようです。

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人々の議論を聴くのが好きだった皇帝

屋根に4つのチャトリ(小亭)がある正方形の建物「ディワニ・カース」も、興味深い建物です。役目としてはインドの宮殿建築にはよくある「謁見の間」なのですが、この建物では中央にバナナの房のようにびっしりと腕木が付いた柱があり、その上から四方に橋がかかっています。2.5mほどの高さのこの交差している中央部分にアクバルが座り、知識人や宗教の代表者、臣下の者たちが繰り広げる議論を聴いていたというのです。時にはイスラム教、ヒンドゥー教、キリスト教などの代表者がここで激しい討論をかわしたと言います。

インド最大級のモスクが造られる

隣にある「モスク地区」の中心は、ジャマー・マスジット(金曜モスク)です。1万人を収容できたというほど広い中庭が印象的で、その大きさは約80年後に建てられたデリーのジャマー・マスジットに匹敵するといいます。中庭の一画にあるのが、サリーム・チシュティーの廟です。周囲の建物が赤砂岩の色なのに対し、この廟だけは聖者に対する尊敬の念からか白大理石で造られ、特に目立つようになっています。ここでは壁になっている白い格子のスクリーンにぜひ注目して下さい。いくつかの幾何学模様で構成された格子は、芸術的な美しさです。よく見ると、格子には赤い布が巻き付けられています。これはチシュティーの予言でアクバルが子宝を授かったという謂れから、子供が欲しいときに願をかけているというものです。

短命に終わったわずか14年の首都

アクバルがアグラからファテープル・スィクリーへ遷都したのは、信仰というだけではなく、影響力を持つ貴族たちから距離を置くという現実的な面もあったのでしょう。しかし、近くに大きな川もなく、水を確保できなかったという理由で、この新首都はわずか14年で放棄されてしまいます。1585年に都はラホール(現パキスタン)に移されてしまいます。(その4に続く)