インドで人気のゴールデントライアングル・エリアにある

北インド北西部にあるラジャスタン州。空の玄関口となる首都デリーから鉄道やバスで行きやすいということもあり、旅行者にはポピュラーな観光エリアです。州都ジャイプルのほか、湖に浮かぶ宮殿ホテルがあるウダイプル、キャメルサファリができるジャイサルメールなどが人気の都市ですね。さて、今回紹介するのはそのラジャスタン州北部にあるバラトプルです。場所は観光で人気のゴールデントライアングルのデリー、ジャイプル、アグラを結ぶ三角形の底辺、西のジャイプルと東のアグラの中間より少しアグラ寄り。アグラからバスで1.5〜2時間、ジャイプルから約4時間の幹線道路上にあります。

バラトプルの宮殿(現在は博物館)にある四分庭園。かつては藩王国のマハラジャが住んでいた バラトプルの宮殿(現在は博物館)にある四分庭園。かつては藩王国のマハラジャが住んでいた

インド独立まで、半独立の藩王国だったバラトプル

バラトプルはインドが独立するまで、バラトプル王国、のちにバラトプル藩王国の都でした。バラトプル王国が成立したのは1722年。当時は権勢を誇ったムガル帝国の衰退期で、各地に派遣された総督が独立したり、西インドを中心したマラーター同盟がムガル帝国をしのぐ力を持ったりなど、群雄割拠の時代。各地に小王国が生まれたほか、植民地化を進めるイギリスも着々と勢力を伸ばしていました。バラトプル王国が最も栄えたのは、18世紀半ばの君主スーラジ・マルの時代です。軍事能力に優れていた彼は、周辺のジャート族の力をまとめ、アグラやデリー南方近くまで領土を大きく拡げました。

スーラジ・マルの死と王国の衰退

1760年、アフガニスタンのドゥラーニー朝の軍がインドに迫り、マラーター同盟軍、ムガル朝軍などがパーニパットで対戦しますが、大敗します(第三次パーニパットの戦い)。スーラジ・マルは作戦に異議を唱えて戦いに加わらなかったものの、ドゥラーニー朝が代官として残したナジーブ・ウッダウラと対立。1763年にナジーブの伏兵によって殺されてしまいます。以降、バラトプル王国の力は少しずつ衰えていきました。

最初の都ディーグからバラトプルに遷都

王国の都は当初バラトプルの北約35kmにあるディーグでした。こちらは別記事「ラジャスタン州の穴場観光地を紹介! 水の宮殿ディーグを訪ねて」に詳しく書いたので、興味がありましたらそちらもお読みください。見どころには、堀に囲まれた「水の宮殿」と町なかにある平地の城ディーグフォートがあります。1733年に君主となったスーラジ・マルによって、このディーグから都はバラトプルに移されました。もともとスーラジ・マルの拠点がバラトプルだったからです。バラトプルの中心部に城塞や宮殿が造られ、王国の発展と共に町は繁栄しました。(その2に続く)