旅行者には知名度が低い、インドのオディシャ州

インドは広い! 日本の約9倍の面積を持つインドなので、一度や二度のインド訪問では、とうていその全容はつかめません。たいていの旅行者は、デリー、アグラ、ベナレスといった北インドの主要観光都市をめぐる旅ですが、今回紹介するのは、それに比べると旅行者が圧倒的に少ない東インドのオディシャ州です。「いったいどこにあるの?」と思われる方も多いでしょう。インドの地図を広げてみてください。右(東)の方、ベンガル湾に面したエリアの北にコルカタのある西ベンガル州がありますが、それに隣接して南にあるのがこのオディシャ州です。

ベンガル湾に面した海岸線を持つ、オディシャ州 ベンガル湾に面した海岸線を持つ、オディシャ州

近年、州の名称が変更に

この州は、2009年に英語表記の「オリッサOrissa州」から、現在の「オディシャOdisha州」に名称が変更になりました。なので前の名の「オリッサ」で覚えている方もいるかと思います。ただし、現地訛りの発音では、「ディ」が「リ」に聞こえるので、発音自体は前の「オリッサ」の方が近いかもしれません(現地では「オリッサ」で通じます)。人口は約4198万人。面積は日本の半分弱ぐらいなので、人口も面積も日本の半分ぐらいとイメージすればいいでしょうか。州都は、人口約84万人の、州最大の都市ブバネーシュワルです。

紀元前には、マウリヤ朝との戦争が行われていた

オディシャの歴史は古く、インドの古代叙事詩『マハーバーラタ』にも、「カリンガ国」として登場します。歴史的には、紀元前3世紀にインド北部を統一したマウリヤ朝のアショカ王が、カリンガ国を征服したことが知られています。この時、現在の州都ブバネーシュワルの南東8kmにあるダウリの地が主戦場となり、カリンガ国の死者10万人、マウリヤ朝の死者が1万人という悲惨な戦いになりました。多くの人々が死んだことに後悔したアショカ王は、戦後に不殺生を誓い、もともと仏教徒でしたがより深く仏教に帰依したと言います。このダウリの丘への道沿いには、そのアショカ王による岩肌に刻まれた碑文が刻まれています。現在、ダウリの丘の上には、日本山妙法寺によって建てられた白いストゥーパがあり、多くの参拝客を集めています。(その2に続く)

カリンガ国とマウリヤ朝の戦いが行われた故地ダウリの丘に建つ、シャンティストゥーパ カリンガ国とマウリヤ朝の戦いが行われた故地ダウリの丘に建つ、シャンティストゥーパ