城壁に囲まれた都城、トゥグラカバード

「デリー観光の穴場・トゥグラカバード」の後編です。さて、以前、このトゥグラカバードの写真を見たときは「廃墟」という感じでしたが、今回(2016年の1月)に行ってみると、道路に面した外側の城壁はきれいに補修されていました。中世の都市は基本的には城壁に囲まれており、敵が攻めてくると住民は城壁の中に避難するようになっていました。その都を囲む城壁を外城、そしてその中でさらに城壁に囲まれた王の居城を内城などと呼びます。このトゥグラカバードの外城は2キロ四方。入城して高いところから見渡すと、広い、広い。とうてい全部見て回ることはできません。

遺跡は広く、その多くがまだ修復されていない 遺跡は広く、その多くがまだ修復されていない

地下通路はいったい何のため?

とはいえ観光客用に修復されているのは、全体のごく一部。城の中は、ほとんどが草がぼうぼうに生えた荒れ地です。何しろ600年以上前に放棄された建物の遺跡なので、石材を使って建てた城壁や塔以外は、土に帰ってしまっています。中央部分にはかつて町があったのでしょうが、今はがれきと低い木々に覆われていました。比較的整備されている内城部分には、「秘密通路」と名付けられた地下の通路が残っていました。崩れないように石やレンガで強固に造ったので、今も残っているのでしょう。この通路(小部屋もあります)が何のために造られたかは推測ですが、城が攻められた時の逃走用だったのかもしれません。

トゥグラカバードへの行き方

トゥグルク朝は、最盛期には南インドに及ぶ広大な領土を誇りましたが、王位をめぐる争いや、ティムールの侵攻などにより弱体化していきました。ティムールが略奪を行ったデリーも、ここの都城でしょう。滅亡時には、デリーとその周辺しかない小さな王国になっていたようです。さて、このトゥグラカバードへは、観光客でにぎわうクトゥブ・ミナールから東へ7キロなので、クトゥブ・ミナールへ行った時についでに寄るのがおすすめです。クトゥブ・ミナール前で客待ちしているオートリクシャー(三輪タクシー)と交渉して行ってみるのもいいでしょう。入場料は100ルピー(約200円)です。外国人の姿は少なかったですが、インド人を中心に観光客もパラパラといましたよ。敷地内は日陰があまりないので、4〜10月の暑季は激アツになることと思います。その時期に行くなら朝か夕方にしましょう。