南インドの関ヶ原の戦い

(前編より)しかし、その王国の繁栄は長くは続きませんでした。16世紀半ば、ヴィジャヤナガル王国の北にはムスリム5王国と呼ばれるイスラム教の5つの国がありました。この国がお互いに争っていていたから、ヴィジャヤナガル王国は安心していられたのですが、やがて5王国は同盟を結んでヴィジャヤナガル王国に攻め入りました。1565年、「南インドの関ヶ原の戦い」ともいうべきターリコータの戦いが起きます。連合軍11万、ヴィジャヤナガル王国15万という大会戦で、戦いは一ヵ月に及びました。しかし、結果はヴィジャヤナガル王国の敗北に終わり、10万の死者を出して敗走。王都ヴィジャヤナガルは、連合軍に攻め入られ略奪と破壊、虐殺が行われ、廃墟と化してしまいます。

南インドの世界遺産・ヴィジャヤナガル王国の都の廃墟ハンピを行く(後編) 南インドの世界遺産・ヴィジャヤナガル王国の都の廃墟ハンピを行く(後編)

都は滅び、廃墟が残った

その後、ヴィジャヤナガル王国は都を南に移してしばらく生きながらえます。しかし、王都ヴィジャヤナガルは復興することは二度とありませんでした。かつて王宮があった所や貴族たちが住んでいた王宮地区を訪れても、寺院やモスクをのぞいてほとんどの建物が残っていないのもそのためでしょう。見渡す限りの廃墟。そして廃墟を囲む、岩だらけのゴツゴツとした風景。そして住んでいる人がほとんどいない荒野。そんな風景が旅人たちを魅了しました。岩だらけの丘に登って荒涼とした風景を見渡したり、村の北に流れる川の川べりでのんびりしたり…。南インドには、外国人がなかなかくつろげるような自然に囲まれた場所は少ないのですが、ここはインドに付きものの騒々しさとは無縁です。そんな空気が、旅行者を引きつけました。

歴史が丘を吹く風の中に舞う

私が初めてこのハンピを訪れたのは5、6年前。そしてすぐにその風景に魅了されました。村の中心ともいえるヴィルーパークシャ寺院(ここだけは廃墟ではなく、参拝者が訪れる“生きた”寺院です)を見下ろす岩山に登ると、「よくぞ転がり落ちないなあ」と思えるような巨石がゴロゴロしています。ここは絶好のサンセットポイントで、夕刻になると村のゲストハウスから旅行者たちがやってきて、点々と座って周囲の風景を見渡しています。昼間の遺跡観光もいいですが、旅人の胸に刻まれるのは、こうした何気ない瞬間ではないでしょう。絶景の中、通り過ぎた歴史を感じさせるという点で、ここはトルコのカッパドキアに匹敵する場所だと思います。南インドの3本指に入る見どころ、ハンピにぜひ行ってみて下さい。