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ハイデラバードの観光地/かつての王国の都城跡が残るゴールコンダ・フォート


ハイデラバード観光のハイライトともいうべき城塞

堅固な城塞都市として栄えたゴールコンダ・フォート 堅固な城塞都市として栄えたゴールコンダ・フォート

インドのほぼ中央、デカン高原にある大都市ハイデラバード。インド第6位の人口を誇り、近年はITビジネスを中心に、経済発展著しい都市です。今回紹介するのは、そのハイデラバードにある遺跡ゴールコンダ・フォート。これはデカン高原に1518年に建国したゴールコンダ王国(クトゥブ・シャーヒー朝とも)の都城跡です。小高い岩の丘の周囲3kmに張り巡らされた城壁を見ていると、まさに戦時に対応した城塞都市の趣きです。しかし16世紀末の平和な時代になると、都はこの城からムーシー川沿いにある現在のハイデラバード旧市街のあたりへと移動します。ただし戦時には兵士たちはゴールコンダ・フォートに移り、立てこもるようになっていたようです。

ダイヤモンド採掘で繁榮した王国

ゴールコンダ王国は、当時のインドの中でもとびきりリッチな国でした。その理由のひとつに、ダイヤモンドの採掘がありました。1600年代まで、ダイヤモンド採掘が行われているのは世界でもインドだけでした。その鉱山をゴールコンダ王国は持っていたのです。繁栄を誇ったゴールコンダ王国ですが、北インドのムガル帝国がこれを狙います。1687年、アウラングゼーブ帝率いるムガル帝国軍の侵攻を受け、ゴールコンダ・フォートに立てこもった王国軍ですが、数ヶ月に及ぶ攻城戦の後、仲間の裏切りによって門のひとつが開けられ、落城します。都城は徹底的に破壊され、王国は滅亡してしまいます。

城として使えなくなるよう徹底的に破壊

ゴールコンダ・フォートの中に入ってみると、広い割には残っているのは石段や壁ばかりで、見るべきものが少ないことに気づくでしょう。下から見上げた時のインパクトは大きいのですが、城内には取り立てて見るべき建物は残っていないのです。これはこの城が使えないように、ムガル軍が徹底的に破壊したためです。ハイデラバードはムガル帝国の所領となりますが、1736年にはムガル帝国の将軍が建国したニザーム王国の都になります。しかしその時もゴールコンダ・フォートは打ち捨てられ、長い間廃墟のままでした。

市内からは半日コースの観光で

現在、ゴールコンダ・フォートは修復されて、ハイデラバード観光の大きな目玉になっています。市内中心部のハイデラバード・デカン駅や観光地のチャール・ミナール付近からは西に約8km。バスでも行けますが本数が少なく時間もかかるので、オートリクシャー、あるいはUBERなどを利用して行くのが早いですね。所要30〜40分、200ルピー(約300円)程度。城内は広く、城の一番高いところまで登るには骨が折れます。見学時間は1時間半ぐらいを見ておいたほうがいでしょう。ただし日陰が少ないので、日中は暑さ対策が必要です。ゴールコンダ・フォートから1.5km離れた場所には、歴代のゴールコンダ王国の王たちの墓廟群もあるので、そちらと合わせて半日ほど見て観光するといいでしょう。
●ゴールコンダ・フォート
[開]9:00〜17:30 [休]無休 [料]外国人300ルピー

※1ルピー=約1.5円。2019年3月時点

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2019/04/15)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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