ラジャスタンの中でもイスラーム色が強い都市

インドの首都であり空の玄関口であるデリーからなら、ニューデリー駅発の特急で約6時間半。ラジャスタン州の州都があるジャイプルからなら、特急で約2時間の距離にある都市アジメールは、人口約55万人の北インドの中都市です。空港はないものの、ラジャスタン各地への鉄道やバスも発達している交通の要所です。またデリーからムンバイへと続く幹線道路もここを通過しています。現在のラジャスタン州となっているエリアは、かつてはヒンドゥー教徒のラージプート族が支配する地域でした。そのため、町を歩いていてもイスラーム色はあまり強くないのですが、ここアジメールは別です。高名なイスラームの聖人を祀るダールガー(廟)があり、そこに参拝する人々が非常に多いからです。今回は、この町アジメールについて紹介しましょう。

アナ・サガールという湖の南側にアジメールの町がある。夕刻には湖畔を散策する人の姿も アナ・サガールという湖の南側にアジメールの町がある。夕刻には湖畔を散策する人の姿も

ラージプート族の地、ラジャスタン

中世、インドのこの地方では、「ラージプート」と呼ばれる民族集団が暮らしていました。この言葉は、サンスクリット語の「ラージャプトラ(王子)」が語源といい、カーストのうちのクシャトリア(武士)階級の人々でした。7世紀から13世紀にかけてのラジャスタンには、こうした武将を中心にしたラージプートの諸王国がありましたが、アジメールはそのうちのチャウハーン朝(チャーハマーナ朝とも)の都として栄えます。

イスラーム教国家による侵入

10世紀以降になると、この地域にもイスラームの波が押し寄せてきます。アフガニスタンにあるアフガン系、あるいはトルコ系のイスラーム王朝が、頻繁に北インドに侵入してくるようになるからです。12世紀初頭のガズナ朝の侵入は撃退したものの、1192年のゴール朝の侵入にはラージプート連合軍は敗れ、諸王は服属することになります。ゴール朝の奴隷軍人アイバクは、デリーを皮切りに北インドの大半を占領。しかしインド遠征中に主君であるゴール朝のスルタンが暗殺されたため、アイバクはインドで独立し、デリーに都を置いて1206年に「奴隷王朝」を開始します。

デリー・スルタン朝の支配下に

アイバクはインドの地にイスラームを根付かせようと、各地でヒンドゥー寺院を破壊してイスラーム教のモスクを建設しました。アジメールがアイバクに占領されたのは、まだアイバクがゴール朝の軍人だった1195年のこと。その時にチャウハーン朝は滅亡し、アジメールはゴール朝、ついで奴隷王朝の支配下に入り、ラジャスタンにおけるイスラーム勢力の中心地となります。その後、デリーを都とするデリー・スルタン朝と呼ばれる5つのイスラーム王朝が立ちますが、その勢力の強さによってアジメールはその支配下になるか、あるいは他のラージプートの王国の支配下になるかに分かれました。(その2に続く)