Aさんを救った言葉

若いAさんは、マザー・ハウスでボランティア活動をすることに憧れていたそうです。配置先も決まり、張り切って施設へ向かいました。ところが、行ってみると予想以上の過酷さに打ちのめされました。収容されている人々の悲惨な様子や建物の臭気に耐えられず、半日で脱落してしまったそうです。彼女は、自分の行動に引け目を感じているようでした。そこで友人は、彼女に言葉をかけました。「あなたがもしも、そのまま我慢して作業を続けていたら、あなたがだめになってしまっただろう。『自分には合わない』と気づいて引き上げたことは賢明な選択だった。」

海外でのボランティア、甘くはありませんがきっと意義はあります(その2) 海外でのボランティア、甘くはありませんがきっと意義はあります(その2)

自分自身を見つめることこそが大切

Aさんは、その言葉にどれだけ救われたことでしょうか。「本当にそう思ってくれますか」と、初めてホッとした表情を浮かべてくれたそうです。友人は、Aさんがマザー・ハウスでの彼女の気持ちをこう想像しました。「彼女は半日の間、必死で自分に語りかけ、自分自身を見つめていたのではないだろうか。その半日の心の迷いこそが、マザーの教えだったのではなかったか?」

体験の意義は必ずある

海外でボランティア活動をしてみたいという人に向かって、冷たい反応をする人がいます。「日本ででもできるだろうに」「観光ついでに遊び半分でやるなら迷惑」「海外で武者修行気分は偽善」……これらの言葉は、ある面では真実かもしれませんが、Aさんと友人のエピソードなどを聞くと、やっぱり海外でのボランティアは意義のあることだと私は思います。Aさんは、自分自身とそこまで厳しく向き合うには、コルカタという場所が必要だった。友人の言葉で救いを得た彼女は、きっと今までよりずっと強い人間になったはず。そう考えれば、彼女や彼女の周りの人間にとって、その体験は大きな意味があるのです。

おじいさんボランティアに友人もビックリ!

さて、友人が出会ったもう一人のボランティアBさんは、同じマザー・ハウスのボランティアといってもAさんとはまったくちがう時間を過ごしている人でした。82歳の高齢で、腰は曲がり、目もしょぼついているというBさんがコルカタゲストハウスのような安宿に滞在していることも驚きですが、そのおじいさんがマザー・ハウスのボランティアを続けていると聞いて、友人はびっくりしてしまったそうです。(その3に続く)