パールシーとはどんな人々?

多種多様な文化や宗教を誇るインドですが、人口的に見ると圧倒的少数ながらも社会に大きな影響力を持っている人々がいます。パールシーと呼ばれる人々で、7世紀ごろにペルシアからインド西部に逃れてきた人々です。彼らは古代ペルシアで生まれたゾロアスター教を崇拝する人々。ペルシアから来た人という意味で「パールシー」と呼ばれています。ゾロアスター教は、ゾロアスターを開祖とする善と悪の二元論的宗教で「アヴェスター」と呼ばれる聖典をもちます。ゾロアスターが点火したとされる祭壇の聖火を善神の象徴とするので、拝火教とも呼ばれています。

古代ペルシアの教えを受け継ぐ者たち インドの「パールシー」その1 古代ペルシアの教えを受け継ぐ者たち インドの「パールシー」その1

ペルシアからインドへ

7世紀後半以降のイスラームの台頭とペルシア人のムスリム化によってペルシアのゾロアスター教は衰退します。そんな中、イスラム教徒による迫害を避け、イランを後にしたゾロアスター教徒の一団がいました。彼らはインド西部、現在のグジャラート州にたどり着くと、当地のマハラジャ(大王)に、上陸許可を請います。マハラジャはミルクをなみなみと満たしたコップを彼らに示し「この地は既にこのように人であふれかえっており、あなた方のための場所は残っていない」と答えました。

インドにおけるパールシーの始まり

その時、パールシーの賢者はスプーン一杯の砂糖を取りコップに静かに溶かしますが、ミルクは一滴もこぼれません。そして「このように私達はミルクの中の砂糖のようにこの地に溶けこみ、この地を甘くしてみせましょう」と述べたのです。この話に感銘を受けたマハラジャは、布教を行わないなどのいくつかの条件をつけて定住を許可しました。これがインドにおけるパールシーの始まりです。

インドを代表する財閥はパールシーが創設した

その後1000年以上にわたりパールシーたちは、自分たちの宗教・文化を守りながらも、他の人々との軋轢を起こすこともなくインド社会に溶けこんでいるのです。その代表格ともいえるのがジャムシェドジー・タタ。彼は、かつて英領インドの時代に、インド人であることを理由に高級ホテルへの立ち入りを拒否されたことから、誰でも利用できるホテルを作ると決心します。そして、1903年に現在もムンバイのランドマークとなっているタージ・マハル・ホテル(正式名称はタージ・マハル・パレス&タワー)を作り上げます。彼はまたインドを代表する財閥タタ・グループの創設者でもあり、日本でも話題になった30万円で買える車「タタ・ナノ」を作ったのも、このタタグループに属する「タタ・モーターズ」なのです。