中世に群雄割拠の時代を迎えたインドのラジャスタン州

インド北西部にあるラジャスタン州。この地はインドの中世にあたる10〜15世紀にかけては、ラージプートと呼ばれるヒンドゥー教徒の武士階級の氏族が小王国を数多く作り、それらが争うという、日本の戦国時代のような様相を見せていました。ラジャスタンの「ラジャ」とは「王」という意味で、多くの王たちがいた地方なのです。このラジャスタンより北のデリーがある平野部はアフガニスタンやイランからの異民族が侵入しやすく、いくつかのイスラーム系の王朝が建国されていました。しかし大河もなく、乾燥して起伏が激しい丘陵地帯が多いラジャスタンは、山城を作るにはもってこいの土地で、この広大な土地(日本の面積から九州を引いたほど)を統一する王国はとうとう現れませんでした。各地の王はデリーを都とする王朝に臣下の礼をとって仕えたり、時には反抗したりし、やがてイギリスの藩王国となりました。今回紹介するチットールガル城塞は、そんなラジャスタンの城塞都市のひとつなのです。

チットールガルの町から城塞のある丘を見る。そびえる丘の上に城の建物が チットールガルの町から城塞のある丘を見る。そびえる丘の上に城の建物が

チットールガルはインドのどのあたりにある?

チットールガル城は、2013年にインドの世界遺産に加わった「ラジャスタンの丘陵城塞群」の6つの城のうちのひとつで、以前にもたびナレ記事「2014年、インドのおすすめは? 世界遺産になったラジャスタンの城めぐり」で簡単に紹介したことがあります。しかし今回はもう少し詳しく紹介していきましょう。チットールガルが位置するのは、北部にある首都デリーと、西部にあるインド最大の都市ムンバイのちょうど間ぐらい。周辺の大きな都市は、車で約2時間ほど離れたウダイプルになります。デリーやムンバイから陸路で直接向かうには、夜行列車の距離(デリーから急行で所要約12時間)になってしまうので、けっこうありますね。ラジャスタン州の州都ジャイプルからは、急行で約5時間半。デリーやムンバイからウダイプルまでは空路を利用することもできます。

ムガル帝国皇帝アクバルの軍の包囲を受ける

チットールガルのあるメーワール地方は、かつてメーワール王国が統治した地方です。メーワール王国はチットールガルを都とし、8世紀頃に建国しました。デリーや周辺に強力な王朝が興ると、この地方はたびたび侵略を受けます。何度も他国の侵略をはねのけたメーワール王国ですが、ムガル帝国の第3代皇帝アクバルは、服属を要求してきました。メーワール国王ウダイ・シング2世はそれを拒んだので、1567年、アクバルはチットールガルを大軍で包囲します。当時、メーワール王国はラジャスタンにある諸王国の中でも、もっとも力のある王国でした。皇帝アクバルはこのメーワール王国を破れば、ラジャスタンの他の王国も進んでムガル帝国に服属すると思っていたのです。(その2に続く)