チットールガル城陥落。城は廃墟に

「インドの世界遺産、チットールガル城塞 その1」からの続きです。チットールガル包囲戦には、同じラジャスタンのアンベール王国(現ジャイプール)の君主バグワント・ダースも加わっていました。彼はムガル皇帝に娘を嫁がせていました。このようにラジャスタンの王でも、いち早くムガル帝国に忠誠を誓っていた国もあったのです。1567年10月から始まった包囲戦ですが、翌1568年2月、ついにチットールガル城塞は陥落します。このときメーワールの戦士たちは玉砕し、女性たちも自害していきました。また、城に避難していた農民の多くも亡くなったといいます。一方、王のウダイ・シング2世は落ち延び、メーワール王国の新しい都としてウダイプルを建設します。「ウダイプル」とは「ウダイの町」という意味なのです。メーワール王国はその後、国王が代わってもムガル帝国には服属しませんでしたが、1614年についに降伏します。しかしムガル第4代皇帝ジャハンギールはメーワール王国の武勇をたたえ、チットールガル城を修復しないことを条件に、領土保全などこの王国を寛大に扱いました。

丘の上の城塞都市なので、水を貯める貯水池があちこちにある 丘の上の城塞都市なので、水を貯める貯水池があちこちにある

町の東にある丘の上にある城塞へ

チットールガル城塞の歴史を学んだところで、それではチットールガル城塞が実際にはどんなところか、解説してみましょう。現在のチットールガルの町は、平地を流れる川沿いに数km四方に広がっています。その東端に高さ約180m、幅最大800m、長さ4kmほどの丘がそびえています。町から見ると絶壁のようにも見えるこの丘は、確かに天然の要塞に見えますね。丘の上にさらに城壁をめぐらせていたのですから、なおさらです。城塞の中は結構広いですが、中心部におもな見どころは集まっています。なので歩いて回れないことはないのですが、日中は日差しを遮るものはなく、500メートル歩くのもかなり辛い。車やオートリクシャーをチャーターして回るほうがおすすめです。

まずは王が住んでいた宮殿の跡「クンバ・パレス」へ

麓からくねくねと曲がりくねった坂道を登っていきます。途中には7つの城門があり、この城の堅固さがよくわかります。頂上に上がって最初にある見どころが「クンバ・パレス」です。この宮殿は、15世紀半ばに王のクンバがもともとあった宮殿に手を加えて完成したものです。広場や中庭を囲んでいくつかの建物が建っていますが、もちろん現在は廃墟となっています。丘の端にあるので、眼下には丘下の平地が見渡せます。今では壁だけしかなくなってしまった建物もありますが、装飾がきれいに残っているものもあるので、破壊される前の様子をいろいろ想像しながら歩いてみましょう。

城塞の東側にあるスーラジ・ポル

クンバ・パレスの向かいには、王のクンバによって建てられたストリンガー・チョーリ寺院があるので、こちらも見学してみましょう。中に入ると、ジャイナ教寺院らしい石の色を生かした細やかな装飾が迎えてくれます。クンバ・パレスを過ぎて少し歩くと、丘上を南北に走る道路と東西を走る道路が交差している場所に出ます。ここから東に700mほど歩くと、城の反対側である東側の城門「スーラジ・ポル」に出ます。門をくぐって外側を出ると、城塞の西側とはまた違った風景が見られます。町がある西側と比べると東側は緑が続き、人家が少ないのが印象的でした。(その3に続く)