安宿が飲食店に変わって行った2000年代

2000年代半ばになり、景気が回復してくると今度は土地代が上がり、安宿よりもレストランやバーの数が増えて行きます。まあ店側からすると1泊1000円の宿を開くより、一杯300円のビールを出したほうが経営的には楽なのでしょう。もともと風紀がいいとは言えなかった通りですが(治安が悪いという意味ではありません)、旅行者が減っていくとオープンバーでは娼婦の姿が目立つようになってきました。そして2000年代末には、むしろ地元のジャカルタの人がこの通りのバーに飲みにくる姿が目立つようになりました。

ジャカルタでバックパッカーが目指す安宿街「ジャラン・ジャクサ」。その20年の変遷と現在(後編) ジャカルタでバックパッカーが目指す安宿街「ジャラン・ジャクサ」。その20年の変遷と現在(後編)

どんどん寂れていく2010年代

2010年代になると、今度は地元客の数も減ってきました。外国人ビジネスマンや駐在員がいるような洒落た店は、市内各地にたくさんできたので、もうジャラン・ジャクサの無国籍な雰囲気は珍しくなくなって来たのです。それと土地代が上がった結果、この通りの建物もいくつか取り壊され、空き地が目立つようになってきました。もともとここは住宅街で、民家を改築して宿を開いていたような所が多かったのですが、それらが値段の高いふつうの中級ホテルに建て直されて行きました。オープンバーはクローズして行き、次第にインドネシア人のビジネス客が多くなり、この通りから“バックパッカーのたまり場”的な雰囲気が消えて行きます。旅行者相手だった英語の古本屋がなくなり、Wi-Fiが各宿に導入されていくとインターネットカフェが消え、チケットやツアーの手配をする旅行会社の数もどんどん減って行きました。

消え行く安宿街。行くならいま?

私も最近ではこのジャラン・ジャクサではなく、そこの南端を走るジャラン・ワヒッ・ハシムの中級ホテルに泊まることが増えてきました。1泊4000から5000円はしますが、ネットで予約もでき、部屋でWi-Fiが使え、室内も広くて快適だからです。それでもジャカルタに行くと、私はジャラン・ジャクサには必ず足を運びます。世界各地から“冒険”を夢見てインドネシアにやってきた若いバックパッカーや、かつての旅行を懐かしむようにやってきた欧米の老夫婦などが、バー(兼レストラン)にいる姿を見るのは、気分が沸き立つものです。そんな人たちはもう絶滅寸前なのかもしれませんが、それでも日本の大学生の姿もときどき見かけますよ。宿で情報交換して、これから他の地へ旅立つのでしょう。いまではかつての勢いはありませんが、もしジャカルタに行く機会があったら、夜(昼間は閑散としています)、このジャラン・ジャクサをのぞいてみて下さい。もしかしたら地上げで、わずかに残るこの雰囲気さえも、あと数年で消えてしまうかもしれないのですから。