市内の南部にあるもうひとつの安宿街

ジョグジャカルタには「ソスロウィジャヤン」という安宿街が駅前にあるということを別項で書きましたが、実はもうひとつ、それに匹敵する安宿街が町の南にあります。鉄道駅から南へ4km、町の中心の王宮からは1.5kmほど南にある「プラウィロタマン通り」です。今では長距離バスターミナルはジョグジャカルタの町を取り囲む外周道路沿いにありますが、10年ほど前まではそれは町の南東部にありました。しかしこのプラウィロタマン通りは、その時でさえバスターミナルからは1kmと、やや中途半端な距離にありました。だからこの通りの宿に行くには、タクシーかベチャと呼ばれる人力三輪タクシーを利用するしかありませんでした。交通の便が悪いのに、なぜここに安宿街が発展したのでしょうか。

ジョグジャカルタのもうひとつの安宿街「プラウィロタマン」。その歴史と現在を知る(その1) ジョグジャカルタのもうひとつの安宿街「プラウィロタマン」。その歴史と現在を知る(その1)

ゆったりとした造りの安宿が多いのが特徴

プラウィロタマン通りは、両側をバス通りに挟まれた東西にのびる平行した1と2のふたつあり、それぞれ500mほどの短い通りです。このプラウィロタマン通り1とプラウィロタマン通り2は100mほど離れ、その間を人が通るのがやっとというほどの小さな道が結んでいます。この1と2に20軒ほどの安宿やホテルがあるのです。このプラウィロタマン通りにある安宿は、駅前のソスロウィジャヤンにあるものに比べて部屋も敷地も広く、プールやレストランを併設しているところも少なくありません。全体的にゆとりのある造りが多く、たいてい部屋の外にくつろぎ用のテーブルやイスが置かれています。午後3時頃にはお茶やお菓子がそこに用意されるなど、昔ながらのインドネシアの宿のスタイルが多いですね。料金的には2000円から3000円ぐらいで、朝食付きのところがほとんどです。

日本人と欧米人の宿に対する好みの違い

私が初めてジョグジャカルタを訪れた1990年代初頭、すでにこの通りには手ごろなゲストハウスが十数軒あり、おもに欧米からの旅行者でにぎわっていました(日本人は駅前のソスロウィジャヤンに多く泊まっていました)。日本人と違い、欧米人は公共スペースがあるゆったりとした宿を好みます。その点、プラウィロタマン通りにある宿は、古いジャワの旧家の造りを残したところが多いので、部屋は簡素でも中庭があったり、小さなプールがあったり、くつろぎスペースが設けられていたりと、申し分ないものでした。(その2に続く)